レポート132
17 Nov 2025更新
2014年11月14日 蓑山
またまた突然ですみません。更新の遅いニュース欄を誰も見ていないと思いますのでここでアナウンスさせていただきますが、「日本アルプス 山岳百景」という新しい電子書籍を発売致しました。日本アルプスということで北・中央・南アルプスなわけですが、その中から代表的な景観と思われる、これだけは見ておこうという景色集でございます。私の独断と偏見ではありますが、かと言って本書は個人的意向が強いわけでもなく、あくまでも「代表的と思われる」山岳景色です。なので結構客観的選択だと思いますから皆さん「これなら知ってるよ」と言われるかもしれませんが全ての写真において基本綺麗に晴れているものでありますから、まあ景色のしっかりした内容確認には良いかと思われます。また、全ての写真が横位置大画面(電子書籍だから見開きとは言わんのね)で百景集まってみるとなかなか壮観ですから、ぜひご拝読いただけましたら幸いです。スマホでも手軽に見られますからおすすめです、がちょっと小さいかな。どちらかというと全く山に登らない人に楽しんでもらいたいと思っているのですが、なかなかそういう方には辿り着かないか。とりあえず日本の山の景色はこんなにも美しい!と気づいていただけたらと思います。
もうひとつアナウンスを。今週土曜日11月22日、NHKBSにて放送の「にっぽん百名山・秋スペシャル」に出演致します。こちらも「日本アルプス」がテーマで、私は南アルプスを担当させていただきました。南アルプスの紅葉はここ数年あまり良くなかったのできついなぁ、、、と思っていたのですが、今年はなぜかぼちぼち良い色が出てくれまして、紅葉にはなんとか恵まれました。が、暑かった9月下旬から10月上旬の秋らしくない天候に苦しめられまして、これがなかなか撮れない。本サイトの今月のExhibition・エキシビジョンはそんなロケでの写真でありまして、果たしてうまく撮れたのかどうか、お楽しみにお待ちくださいませ。ってどうせ番宣のサイトや番組のオープニングでだいたいわかるんだろうけど、でも本当に苦しめられましたよ。。。チャンスの非常に少なくて短い時間をキッチリと逃さず撮ったものは是非番組でお楽しみください!これで撮れなかったら番組がしょぼくなるから、本当に毎度大変です!時間は夜7時半から。何卒ご視聴よろしくお願い致します。
さて今回の写真ですが、秩父の低山・蓑山からです。蓑山というとほぼ山頂まで車で行ける山ですし、山というよりかは公園という印象の山ではありますが私は結構好きです。もちろん登山という意味で満足できるかと言われればそれはちょっと違うのかもしれませんが、この蓑山が「山か、山でないか」と言われれば立派な山でございます。なので単純に考えれば580mもある山であり、私としてはこういう人里近い山に登るときは高い山に対してのハンデとして歴史の重みを感じながら見る傾向があります。高い山だと歴史を感じないわけではないですが、、、低い山の方が人との関わり合いは深いところはあったりしますから、そういった見方次第で各山の意味や魅力といったものが見えてきたりするわけです。標高だけで山に興味を持ってしまったらつまらないですし、とにかくどんな山も、自分本位の価値観だけで見てしまっては学ぶことが何もありません。その山をその山として解釈すること、というのは非常に難しいことなのですが、ただ登った自分の感触だけで物事を判断するのは非常に傲慢であります。個人の知識や経験が浅ければ浅いほど、そのまま感触も勝手でテキトーなものになってしまいますから。そんなこんなでこういった蓑山みたいな山であっても、私にとっては心の中ではそれなりの比重があったりします。まあ言うほど私がこの蓑山を理解しているとは言い難いですが。
撮影は2014年11月14日。散々蓑山を持ち上げておいてなんですが、登ってしまうとすぐに終わってしまう低山なので、大体こういうときは一日に二つくらい回ります。なので午前の部は東側の四阿屋山へと向かいました。このときは一人ではなく、秩父には近いところに住み、だいぶ以前からお世話になりまくっているTさんと一緒の山行でありました。縁というのは不思議なもので、Tさんと初めて会ったのは20年以上前の北岳でした。Tさんは定年で会社を勤め上げてご夫婦で北岳に来ており、私はまだ駆け出しの夢見る写真家でした。一日中雨の小屋で共に時間を過ごし、そこから色々とお世話になりながら交流を続けさせてもらっている。お世話になりっぱなしなので強引に冬の赤岳に連れていってあげたこともある(無謀)。今だったらアプリのアカウントをフォローして、なんて流れかもしれないが、当時は歳も離れているところもあってメール交換もなく、手紙でやりとりをしていました。よく続いたなぁとも思いますが、今だったら楽に連絡を取れる分もっと希薄なものになっていたかもしれない。全面的に昔が良かったわけではないが色々と不便で重い分、人への気持ちもなにかと重いものがあったとは思う。しばらくしてからはTさんもメールをやるようになって楽にはなったが。
そんなわけでTさんが車を出してくれることになり、午前中は四阿屋山、午後は蓑山へと行くことになった。飯能で落ち合って登山口の薬師の湯へと向かい午前9時前くらいに駐車場に到着、すっきりと晴れた日に似つかわしくなく駐車場はガラガラで他の登山者はいなそうな雰囲気だった。まずは焦らず立ち寄りスポットの神怡舘、そして麓の薬師堂や両神神社に立ち寄って色々と外堀を深めていく。神怡舘は今やガワだけで中身はボルダリング施設になっているが、確かに当時も誰も興味なさそうだったので典型的なハコモノですわな。
ひと通り周囲のものを見たらようやく登山開始、ですがほんのちょっと寄り道して中華風の展望台へ。先程の神怡舘同様、中国山西省との友好関係からこういった趣のものを建てているわけだが、案外周囲の景色に馴染んでいる不思議なものである。何よりとりあえずあの展望台に行ってみようかと目立つのは良いことだ。展望台はほんのちょっと登るだけなのだが思いのほか見晴らしが良く、秩父にやって参りました感が満載でした。うまく言葉で言い表せないが、この景色は奥多摩ではない。奥武蔵との違いはあるのか?と言われると、あまりないが笑!じゃあ埼玉感かな!西側を向くとこれから登る四阿屋山が突き出して格好良いが、なんとも鉄塔&電線が邪魔ではある。しかしこういう山でそういうツッコミは野暮である。
淡々と登っていくと先程見えた電線の真下に出て、大きな鉄塔をくぐる。その電線の繋がる北側には頭がおかしくなるほど天を突く二つの突起の二子山が見えていた。何を話しながら登っていたか全く思い出せないのだが、さすがに二子山の話はしたと思う。そうこうしているうちに両神神社の奥社へと辿り着く。四阿屋山の山頂からは両神山が拝めるのだが、おそらく両神山にはとても登れない人はここの山頂から拝んだんだろう。いや四阿屋山で満足しないで頑張って登れよ、とも思うが昔はやっぱり大変だったんだろうなぁ。もしくは行けた人が下山後に「いやぁ〜凄かった、死ぬかと思った!普通の人だと無理無理!選ばれし人しかいけない!」などと優越感から大袈裟に言った可能性もわずかながらある。山なんてそんなもんだ(雑)。
そうして最後の岩場。四阿屋山は普通のルートで登るとすぐに終わってしまうのでやはり半日で考えるのが丁度良いが、公園>山>岩場、とまあコンパクトにまとまっている。ただ山頂からは両神山が見えるもののちょっと狭いので、あまりゆっくりするものでもない。おそらく両神山方面は木々を切って見晴らしを良くしていると思うのだが、古の人はここからちゃんと拝めたのだろうか。それともしっかりと展望良く、などという考え自体がもしかしたら俗っぽいのだろうか。やはり心で拝まなくてはいけない。でもそれならどこからでも良くないか?俗っぽいなぁ。確かに両神山が拝める。決して悪い感じでもない。でもちょっと角度というか、もうちょっとこっち向いてくれてたら嬉しいんですけどね。なんとなくそこそこ近いのに遠い印象を受けてしまう、そんな両神山展望台であります。
下りは南側、薬師堂に出る道で下山。途中の三角屋根の休憩所(四阿と書きたかったけどややこしいのでやめた)から正面に見えた武甲山が綺麗だった。面白い形の額に景色が収まったように感じるのは、おそらく武甲山の三角錐が特徴的だからだろう。登りもたいして時間がかからなかったが、あっさりと薬師堂へと下山してきました。結局この日の四阿屋山では人とすれ違うこともなく、下ってきた駐車場も静かなままだった。こんなに天気が良いのに、何とも不思議。
ここからは午後の部、蓑山へと移ります。ちょうどお昼を挟んでいたのでどこかで何か食べたはずなのですが、全く覚えていない。行動食で済ませたかな。車は親鼻の道の駅に止めたから、そこの食堂でうどんでも食べたのかもしれないが、トイレ休憩だけだったような。私は何でもかんでも写真を撮るというのは好きではなく、こういうことはなるべく心に刻もうと思うのだが、刻まれていないのではどうしようもない。道の駅で1時間弱過ごしたことになっているので、食堂で食べたか、車の中でパンを食べたような気もするし、、、まあそんなで午後の分の歩き出しは午後2時頃、この時期の午後2時って日が短くなっているので結構夕方っぽくて、もうだいぶ西日になっていたような気がします。
蓑山は本当にハイキングで、山頂まで40分かかったかかからなかったか、くらい。登り始めこそちょっとした樹林でしたが中盤くらいで眺めの良いところに出て、北側に赤城山が綺麗に見えておりました。この日は一日中大きな雲も上がらずすっきりと晴れたので、午後の西日も本当に柔らかい光でしんみりしていて美しい景色、時間でした。すぐに山頂部に出て、ちょうど中央にある展望台へと向かいました。
山頂部の周辺環境は山というようなものではなく、まさに公園、美の山公園。歩く道はアスファルトだし、しっかりした大きいトイレもあるし、駐車場もあるし、自販機もあるし。ですがこの展望台からの眺めはまさに山でありました。見下ろす秩父盆地と先程とは反対側の武甲山、そして距離こそ午前の山と比べて遠くなりますが、正面にどっしりと構えた両神山。確かに、少し暖かさを持ったような優しい西日がだいぶ良い印象を作り上げたかもしれませんが、本当に美しかった。ただ公園として来ていたら眺めがいいねと言って終わってたかもしれませんが、歩いて登って山として見ると、昔の人もここに登ってきてこの景色を眺めたのかなと、時は違えど同じ風景を眺めているような、そんな気にさせられる所でした(武甲山の形はだいぶ変わっているだろうけど)。反対側を振り返ると大霧山が見えており、そして北側は日光連山と、公園ではありますがここは山の山頂なんだということ思い知らされました。
時よ止まれ、汝は美しい
下山は歩いて黒谷の方へと向かいます。下山もこれといってどうということもなく、ハイキングコースを30分ちょっとで麓へと下ってきた。ここでの立ち寄り所として大事な場所はちょっと沢合いに下ったところにある和銅遺跡だろう。蓑山の歴史といえばこの和銅採掘跡は切り離せないものであり、日本で最初の通貨「和同開珎」がこの蓑山から生まれているわけである。私が小学生の頃に習ったときにはわが国最初の「貨幣」だったのだが、いつだか富本銭が発掘され、最初の「通貨」と呼ばれるようになった。小学生の頃はテキストに載っていた字面でしか理解していないのだが、こうして目の前でそこに関係したところに足を運んでみるとやはりリンクというか印象付けは大きい。いかに勉強してもただの暗記と物事への理解、興味は全く違うのであります。と言っても、目の前でどでかい「和同開珎」の碑を見れば理解が深まるかと言われると全く違い、やはりこれもハコモノである。インパクトはでかいけど。
小さく細い沢の向かいのガレにはいくつかの葉が張り付いており、それを見てTさんがイワタバコの葉だと教えてくれた。花もとうに終わっているし、タバコの葉の形も知らないので葉だけでは全くわからなかったが、さすがこういうところは年長者である。私はというといつしか色々と知った気になってしまっているところもあり、知っている山の花は多いが里の花の知識は薄い。詰まるところ山の花だって覚えようとして覚えているだけであり、花に興味があるならもっと里や身の回りの花だって興味があっていいはずなのである。それができていないというのは何とも残念なものである。これからでも歳を重ねてそういう人間になりたいものだが、テキトー人間の私にできるだろうか。とりあえずイワタバコは、覚えた!(ダメっぽいね)
ここから黒谷の駅へと向かい、車のある親鼻駅へと戻る。和銅黒谷駅までは普通の道を歩いていくだけなのだが、国道140号まで下るたった500mの道があまりにも美しかった。ただの田舎の道である。もちろん向かってゆく方向に沈んでいく夕日の美しさもあり、一日が終わろうとしている儚さもあり、先程の山頂同様そういったアシストはあったにせよ、こういう美しい瞬間、美しいと感じられる瞬間を閉じ込めておきたいから自分は写真を撮っている、と思うような風景だった。しかしながら山ではないので写真は撮らなかった。スマホでも撮らなかった。私は後悔というものは不可能、意味がない、という意味で「できない」と思っているので「しない」タイプなのだが、このときの写真群を見直して今しがた後悔というものを少し感じている。それが写真として全く意味がなくても、何の感情を込めていなくても、もう一度あの瞬間に少しでも触れられるなら、その風景を見たいと思ってしまった。それくらいこの夕刻の道は自分の中で印象に残っている。もしかしたら写真がないから残っているのかもしれないけれど。おそらくもっと歳をとってから、山に登れなくなってからもう一度、同じ時期、同じ時刻のこの場所を訪れることがあると思う。って、ただの徘徊老人じゃねーか!まあそんなわけで四阿屋山と蓑山を歩いて行った一日でありました。
Tさんは今や82歳。さすがにもう山には登っていない。雪の谷川岳、立山に連れていったり、赤岳に登「らせたり」、と色々あったが、もうひとつ登りたいと言っていた間ノ岳にはお供できず、ついぞ登らせてあげられなかったことが今でも自分の情けない気持ちとして残っている。なかなか時間が取れず、ずっと引っ張ったまま時だけが過ぎてしまった。やれるものは今すぐにでもやらなければ、そろそろ私もそんな事を考える年齢なのだろう。若いときは全く気がつかなかったのは本当に情けない。
Tさんとはちょっと前に高齢からメールもやめてしまい、再び時々手紙、という形に戻った。つい先日は今度の秋スペシャルの出演があるので撮れた写真を刷って手紙を送ったところだ。私が留守にしているときに手紙を受け取った旨の電話をいただいたのだが、留守電には力のない、弱々しいTさんの声が入っていた。「お手紙、、、、ありがとう、、、、ございます、、、、。番組はしっかりと録画して、、、、、」と時間内に喋り切ることもなく録音が途絶えていた。何といってもご高齢、覚えていただいてるだけでも嬉しいものだが、やはり歳が歳だけに心配である。とてもとても心配になって、気持ちを引き締めて折り返しの電話をした。
そうしたら
いつも通り
無茶苦茶早口で
無茶苦茶元気でした!
よかったよかった。
ちなみに私の父親も
今年80歳。
今だに18ホールを
パープレーで回る。
最近の老人は元気だな!
こっちが先に死にそうだわ!