Report

— 過去に発表した作品の取材レポート。撮影時の舞台裏を、約2週間間隔でほのぼの更新。

REPORT - 72
19 Sep 2020更新

2011年発行「山岳ワイド写真カレンダー2012」使用写真「槍・穂高」


 暑い暑いと言っていたはずなのですが、いつの間にか涼しくなるものですね。走っていると昼間はまだまだ汗だくになりますが、日が暮れるとだいぶ涼しい風が流れて「珍しく」季節の移り変わりを感じる年です。今年はどうなんでしょう、綺麗な紅葉が見られるのかな。。。と気にかかりますが、如何せん冬の積雪が少なかったのであまり期待しないようにしておきます。
 しかし、ここまでの半月、なかなかの不安定な天候でしたね。涼しいかと思ったら強烈に暑い日もあったし、晴れかと思ったら雨降ったりと結構やられました。でもようやく少し落ち着いてきて、夏も終わったかと思うといいものですね。何せ暑さに弱いものですから。かといって寒さに強いわけでもないのでなかなか生きづらいところがありますが、この短い快適な季節を楽しみたいと思います。
 と言いながら、涼しくなったら涼しくなったで急な気候についていけていないようで、さすが初老、最近は朝の寝起きが非常に悪い毎日です(笑)。なんか頭痛もするし、なのに陸上トラックに足を運んでしまう習性をなんとかしたい。う〜ん、目眩がして微妙に気持ちも悪い、のにインターバルとかやってしまい、でも終わった後はちょっと目が覚める気もするもので、、、、これ完全にドラッグでしょう。手持ち自分計測でいいから200m22秒台は出したいなぁ〜と思ってはいるものの、そんな体調なので控えめに走っている今日の頃。それでも100mは11秒台出せるし、200mは23秒台は余裕。800mはシューズで流して2分5〜6秒だからぼちぼち動いているみたいなんですが、とりあえずもっと気持ち良く走りたいものです。歳というのはやだなぁ。イキイキと練習している大学生を見ると羨ましく思えます。でもあいつらは私の半分くらいしか生きてないわけで、、、まあガキですよ、ガキ。比べて私はさすがに大人、精神的にももちろん大人。漏れ聞こえてくる会話聞いててもガキの青臭い会話でホントに、、、ん?フォートナイト?APEX?やってること一緒じゃねーか。
 さて、今回の写真ですが、2012年パノラマカレンダーで使用しました樅沢岳からの槍穂高の写真です。撮影はむか〜し昔のお話で、2003年9月30日になります。17年前か、、、25歳!今から見たら青臭いガキですよ。若かったから元気にたくさんの荷物を担いで、カメラはフィルムだからフォーマット違いで3〜4台運んでたし、しかもこの写真を撮ったGX617にレンズ180mmとかだからバカでかいし、90Lザックがパンパンでなおかつテントは外付けだったような。あんなもの背負ってよく歩いてたなぁ、、、と思います。35kgくらいの荷物を持って、だいたいどこもコースタイムの半分で歩いてましたから、一体どうなってたんだろうと。が、最近は私も映像を撮ったりしてるので、再びだんだんとカメラが増えてきて、、、、な、なんかあまり変わらんような。変わったのはお肌とコースタイムくらいかな、まだ全然歩けますけど体を労わって無理に急ぐのはやめました。そういえば当時は取り憑かれたように速く歩いていたような気もする。。。
 撮影の行程としては当時の「いつも通り」で富山は折立から入って太郎平、雲ノ平、黒部五郎に寄り道してから双六新穂高へとつなぐ道です。9月26日に今は亡き上野発急行能登に乗って翌朝富山着、そこから有峰口まで電車、有峰口から折立までバスです。当時は有峰口から折立までのバスって平日でも普通に運行していたのですが、今はもう夏シーズンだけかな。とりあえずこの頃って急行能登もそうですが、結構ほぼガラガラでも毎日運行してくれてたと思います。だんだんと採算の取れない路線は消えていくわけですけど、2003年くらいでも十分景気は悪かったですから、よく運行してくれてましたよね。そのおかげで若くてお金のない私でも僻地に行くことができましたし、今だったらきついなぁ。
 9月27日の天気は曇り、というかガス。雨には降られませんでしたがこれと言ってやることもなく、折立から2時間半くらいで太郎平に着きました。お昼前にはテントも立て終わってましたし、あまりにやることがないので小屋までお菓子を買いに行ったりと意味のない往復を何度かしていた思い出があります。ちなみに好きじゃないので携帯電話も持っていなかったし、MDウォークマンくらいかな、時間潰すものは。あとは大抵難しくてよくわからない本を読んでいたかな。
 このときの目的は雲ノ平の紅葉、黒部五郎の紅葉、樅沢岳の槍穂高、をメインに考えて入っておりました。と言っても振り返ってポジフィルムを見ると見事にそれらしかないので、あまりそのほかの写真って撮っていないんですね。フィルムだからショット数限られているし、GX617はブローニー220の1ロールで8枚しか撮れないし、多分20ロールくらいしか持っていけてないから、失敗カット含めて本当にショット数が少ないわけです。今思えばよくやってたな、、、というところですが、撮れる数が少ないというのはそれはそのまま世に出回る写真の数も少ないわけで、やはりそうなると1点1点の価値、重みも違うわけです。今はある意味無限に撮れて、しかも大多数の人が高画質で無限に撮れるわけですから、上手い下手はあるにせよ1点の価値って変わってしまいますよね。アイドルと一緒、かな。正直実は微妙でも一人しかいなかったらやっぱり絶大なアイドルなわけで、集中的な「社会の的」ではあるわけです。何十人、何百人となってしまったらいくらでも代わりがいることにもなってしまいますし、「社会の的」も分散するわけです。どちらが幸せなのか、は決まるものではなく、見方によるでしょう。ひとつ確かなのは、社会は流動的であり、価値も流動的、ということでしょうか。必要と思われたものも時には消え去り、不必要と思われたものでも丁重に扱われることもある。ただ時代の流れが速すぎると、疲れますね。おじさんもうFPSついていけないかも。。。
 翌28日、早朝の天気はガスって微妙だったものの出発するころには晴れ渡り、のんびりと雲ノ平へと向かいました。折立が朝出発なら健脚者はその日のうちに雲ノ平に辿り着けますので、二日に分けるとだいぶ楽です。まあしかし、ということはこの日もお昼には到着して、ガスってたらまた暇だということか。薬師沢へと下っていく道のりでは紅葉が始まっており、あともう一歩というところですがこれなら雲ノ平が期待できそうです。
 雲ノ平に乗り上げたときにはほぼ快晴、秋らしい草紅葉にチングルマの紅葉がきれいな風景が広がってはおりました。が、肝心の狙っていたナナカマドの株はあまり芳しくなく、、、、他を探してもなかなかいい株が見つからない。全体的に紅葉の出来が悪い感じで、とにかくは絵になる形での染まったナナカマドを見つけることができませんでした。となるとやはり結局早めにテントを張って、終わり。午後にはガスってきて、あっさり終わりですよ。でも当時は今と違ってテント泊も非常に少なかったので、ひと気の少ない山が楽しめるのはいいものです。雲ノ平なんてホントすれ違う人も少なかったですから。あれから何十年、まさか雲ノ平のテント場が混雑する日が来るとは思いませんでしたが、夏でも10張あったかどうか、小屋的には混雑したほうが嬉しいと思いますが山は静かだとやっぱりいいですね。いやいや、撮影が目的で山に入ってるんだから、山は楽しいなぁ〜で終わっちゃまずいでしょ。まずい。
 翌29日はまたも朝はガスで始まりましたが次第に晴れて、ぼちぼちの天気に。ここまで来て何も撮れなかったら残念すぎるので何か見つけないと、、、と焦っていたのをよく覚えております。遠くを見ては赤く染まっているナナカマドはないかと見渡して、見つけては近づいてガッカリしたり。祖父岳に登っていく途中でなんとか良さそうな株をようやく見つけたのですが、背景に水晶岳を置こうにもなかなか納得しない位置に生えております。もうちょっと左にあってくれたら、と思うのですが動かせるわけでもなし、広いところにポツンとあれば角度を変えられるので撮り様はあるのですが、狭い登山道のちょうど曲がり角、そもそも登山道も絵に入りそうだしなかなかうまくいきません。それでも何とか努力して撮ったは撮ったのですが、何とも納得のいかない出来でございました。チングルマの紅葉はいいんだけどなぁ、チングルマは。ここから黒部源流へと一度下り、三俣蓮華岳を越えてこの日は黒部五郎へと向かいました。全然撮ってないんですけど、当時はそもそもショット数が少ないですから、これでも気分的には撮り進んでいる気持ちになっております。
 黒部五郎小舎でテントを張りましたが、夕方ごろになってやたら寒くなってきました。なんとな〜くチラホラと雪が降っている、、、感じもありましたから、実際寒いんでしょう。う〜ん、寒いのは嫌だなぁ、、、と思っておりましたら案の定結構降ってまいりました。もう9月も末、昔はこのくらいが普通で、それでもさらに昔に比べたら暖かくなったと言われておりましたから、今はだいぶ暖かいんでしょうね。9月に雪が降ることはほとんどなくなりましたから。しかし雪かぁ。嫌だなぁと思う反面、ちょっと楽しくなってたりもします。いかんいかん、山を楽しみに来てるんじゃない。
 30日も朝はガスで始まりました。3日連続の朝ガス。ですが小屋から撮影地のカールまでそこそこかかりますから、天気が悪くてもとりあえず出かけます。晴れてきてから出たんじゃ遅いですから。昨晩はぼちぼち雪が降っていた感じがありましたが、まあ一面を白っぽく染める程度、積雪は靴のソール分あるかないか。日が当たったらすぐに融けるでしょう。カールに着いてからもなかなか晴れませんでしたが、色づいた樹々に軽く雪が乗る感じが非常に綺麗でした。雪が降ってしまうとこれにて紅葉は終了、となってしまいますが、この季節が混ざり合さる感じは美しいです。もうちょっと色付きが良かったらなお良かったのですが、これはこれで綺麗です。カール内のナナカマドはやはり良いものがなく残念でしたが、黒部五郎は岩と草紅葉だけでも持っていけそうなところがあるのでなんとか。だらだらと時間をつぶしているうちに雲がグワァーっととれてきて、また相変わらずの晴天が巡ってまいりました。
 そんなこんなで晴れるタイミングを待っていたこともあって、テントに戻った時にはお昼頃でした。この日は双六までいけばいいので時間的には問題ないのですが、結構まだまだ雲も残ってるし、樅沢岳は期待できないかなと思っておりました。テントを回収してえっちらおっちらと登りましては三俣蓮華着いたのは午後2時すぎ。三俣蓮華からは左俣谷に雲が湧いているものの、きれいに槍穂高が見えております。いや〜、ここから空気感の良いきれいな槍穂が撮れるのはホントに嬉しい。と、ふと我に帰る。これ、今日の夕方の樅沢岳はいいんじゃないか?しかもその左俣谷に湧いている雲もこれ以上上がらなそうだし、もしかしたら雲海になる。ゴクリ。これはやばい。日の入りは午後5時半だからおそらく撮り時は午後4〜4時半くらいだろう。今から2時間半あるかないか。ここから樅沢岳まではコースタイムで3時間ちょいくらい。テント張ってから行くとなるとなるはやで向かわなくてはならない。間に合うのだろうか。しかしこんな日は滅多にない。場合によってはもうこんな日に出会えるとは限らないのである。これはもう、行くしかない。。。
 ここのエピソードはどこかのレポートで書いた記憶がありますね。ここから双六小屋まではもう死にもの狂いでほぼ走っていたと思います。息が切れるたびに「撮るんだ撮るんだ」「間に合わせるんだ」と言い聞かせて無我夢中で進んでおりました。ほんとにほんとに30分かそこらで双六小屋に到着、すぐにテントを立ててから小屋に受付をしに行き(ルール違反です)、そこからまた樅沢岳へと猛ダッシュで走って行きました。これはイケるかも、と思いつつもひとたび気を抜けばすぐに夕景シーンなんて終わってしまうので、やはり気を抜かずに、うお〜、このチャンスは!自分だけがものにするんだぁ〜!!と登って行ったわけです。
 山頂に着いたら結構な人。すでにズラリと並んでおりました(笑)。ズッコケ。当時は結構写真撮影で狙っている人が多く、人気スポットでは三脚が並ぶことが結構あったんです。一番スタンスがよさそうなところにはオーナーの小池潜さんが私と同じく617をデデンと構え、もうしっかり撮影準備に入っております。ということで今頃来た私の場所はなく、どこか場所ないかな、、、となんとかハイマツが邪魔する非常にスタンスの悪い場所から撮った写真が今回の写真という、なんともお粗末。でも、ちゃんと撮れてるでしょ?とりあえずギリギリ間に合っただけでも良しとしなければならない。。。このあと何度も樅沢岳に来て撮っておりますけれど、ここまでの雲海はこのときだけですね。双六小屋に住んでればまた違うと思いますけど、なかなか難しいものです。しかしやはりこの樅沢岳からの槍穂高は日本で一番の景色であります。ズラリと車両が並ぶ機関車みたいな感じがいいですね。

長旅の果てに

 ともあれ間に合って良かった。撮れたは撮れたのである。デジタルでないのですぐ確認するなんてことはできず、こういうベストチャンスのときは露出失敗してないかとか色々と不安がつきまといますが、とりあえず今回来た意味はようやくここで見いだせたような気がしました。日が暮れて樅沢岳から下るところで空が非常にきれいでしたので、再び三脚を立てて写真を撮りました。今月のExhibitionの一枚がそれです。撮っているときに小池さんがちょうど下ってこられて「いい写真は撮れたか〜?」と声をかけてくれましたが、「ま、まぁ」としか答えられませんでした。まさか「いや、一番いいところを取られましたので」と答えることはさすがに。。。しかしそんなペーペーだった私もいつしか双六小屋に顔を覚えてもらうようになり、おかげさまでなんとか仕事をやっていくことができるようになるとは。。。いや、実はこのときから絶対に仕事を成り立たせる!とは思ってました。思わなきゃやれないでしょ。
 翌日の10月1日は雲が多いながらも晴れ、急がず焦らずに下りました。というのも、この日は新穂高温泉まで下ればOKで、自宅まで帰らない予定だったのです。天候はだんだんと雲がなくなって快晴近くなり、鏡平では結構ばっちり晴れだったのでだいぶゆっくりしたのを覚えております。3時間くらいいたかな。紅葉はもうあと一歩という感じでしたので写真としてはちょっと微妙ですけど、午後の日差しで鏡平からくっきりと槍が見えるのは気持ちがいいです。
 新穂高温泉でどうするのかというと、このときはまず中崎山荘で風呂に入って、そして当時はあったテント場で幕営しました。上ではだいぶ寒い思いをしましたから、まだ寒くない登山口で寝られるのは快適です。一度体を冷やされているのでむしろ暖かく感じるものです。で、ここで泊まってどうするのかというと。翌日は新穂高から伊那へ移動して、高遠から戸台に向かい広河原に15時半着。17時には北岳は白根御池へと着いております。

 若いって素晴らしい。。。
 さすがにもうそんな元気はない。

 パトラッシュ、僕はもう疲れたよ。。

 しかし、現代には手元にモンエナがある。。。(ゴクゴク)
 行くぞ〜!

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