Report

— 過去に発表した作品の取材レポート。撮影時の舞台裏を、約2週間間隔でほのぼの更新。

REPORT - 66
09 May 2020更新

山と溪谷2014カレンダー・日本百名山「飯豊山」


 いつから作ってだだろうか、ようやくHGUCハイゴッグが仕上がりそうです。前作F91の仕上がりを11月だか12月頃に報告しておりましたので、それからだから結構かかっているなぁ。というか合わせ目をしてから1ヶ月以上放置してしまい、スジボリまでの間がだいぶ空いてしまったようで、今ようやくデカールを貼っているところです。デカール終わってつや消しトップコートしてとりあえず終了、今回は汚すかどうかまだ悩んでおりますが、とりあえずは一旦完成としようかな、と。ハイゴッグが終わったら何作ろうかまだ決めておりませんが、その最中にまさかのバウンド・ドックがHG化。。。。しかし9月に発売ですから、またガンダム系でも作ろうかな、と考えている今日この頃。平和です。
 どうでもいいことでありますが、私はデカールのときは決まってつべで80〜90年代の懐かしCMを流しながら作業しております。さすがにスジボリや塗装時は手元から目が離せませんから音楽をかけるのがいいところですが、デカール作業ってなんだかまったりとやれるんですよね。絶対にここにはこのデカールを貼らなくてはならないとか、ちょっと目を離すとずれちゃってやり直しが面倒、とかがないですから、CM見るのにちょうどいいわけです。いや、CM見なくてもいいって言われるとそれまでだけど。。。でも何も他のことをしないで古いCMを見るために見る、というのはちょっと時間がもったい、というか仕事しろよって思っちゃいますので、いつもちょうどデカール作業のときに流すことにしています。要は時々見たくなるわけなんです古いCMが。
 古い、とは言ってもやはりそこは「自分の世代」のものなので、まあ自分の思い出みたいなものです。しかし、そういう思い出補正ももちろんあるかと思いますが、日本が一番元気のあった時代というのがCMを通しても伝わってきます。もちろん景気が良かったからと言ってしまえばそれまでなんですけど、CM自体の作り方もいいし、伝えたいことに直球だし、CM自体が結構「作品」として洗練されてるんですね。いやもちろん微妙なのもあるし古臭いのもありますけど、それでもなんというか2000年代以降に比べるとテンプレ化されていない良さみたいなものがあると思います。そりゃあ2000年代からはあなたも年を取って繰り返しのライフスタイルに入ったからだよ、というところも無論否定はしませんが、、、それでも美的センスの高いCMは今より多かったと思いますよ?いや、というか逆に古臭い時代性を感じるからいいのかな?つまりこの20年間は古臭く感じない、というのが逆な意味で実はよくないこと、違う時代を作れていない、ということになるのかな。
 CMというものはある意味ではホントくだらない、消費されて少し経てば忘れ去られてしまうものです。あまり深い意味を成さない。新聞とかの折り込みチラシもそうだし、現代で言えばネットの広告だって同じです。しかしながらどこの哲学者が言ったか忘れましたが、そういうものこそ、その時々を色濃く刻み込んでいるものでもあります。ゲーテとかシェイクスピアとか、まあその高尚なものは、その質が高い故にどの時代でも通用してしまい、時代を飛び越えてしまいます。しかしただ消費されるべく作られたものはそれこそ高尚なものではないのかもしれませんが、その時々にしか通用しないが故にそれらよりも色濃くその時代を反映しているわけです。ですからその時代の匂いを嗅ぎたかったらそういうものに触れるのが一番わかりやすいわけですが、ただ私にとっての懐古からの贔屓というだけでなく、この時代には力があったし元気があったと思います。まあでも古臭い。でもそれが時代を物語っているわけで、この20年のものが古臭く感じないというのは高尚だからというわけでもなくて、どちらかというと「停滞」という印象の方が強いかと思います。
 これはCMだけに限った話ではなく、様々な分野で起こっていることでもあるかと思います。ある程度の物事が確立されて、最先端でも異端でもなくなった。そこからの展開の難しさから閉塞感が生まれてくる。そこにはそりゃあ元気は生まれにくい。ではその原因とか、解決の鍵になるものは何かと考えるに、若者文化の消失にあるのではと思います。いやもちろんこれも一端であって全ての原因ではないですよ。ここまで発展した社会を絶え間なく発展させ続けるというのは至難の技です。でもこの要因も大きいのでは、と。どうにも先進国を中心に世の中は若い世代の人口が減り、上の世代の人口が多い時代であります。何事の意見も数の多い世代の言う事が幅を利かせて押さえ込んでしまい、本来古い時代を壊して新しい、今後のスタンダードになる価値観を作り出す役目のはずの若い世代の芽が出てこない。古い世代の人は本来ならもう役目は終わったのですから、それ以上居座ってたら、いや常に新しいものを生み出せるならいいのですが、いつまでも古い作業を自己満足でこなすだけになりますから、時代の歯車は全く回らないわけです。若い、フレッシュな脳しか生み出せないものってあるかと思うんです。
 じゃあ若者元気出せよ、と言っても数が少ないのですからそう簡単にいくわけでもありません。ならば本来は上の世代が時代の交代を促すべきなのでしょうけど、実際数自体がいびつなわけですから、そううまくいくわけでもないのでしょう。経済自体は生み出さないといけないわけですし、やはりそれには数も必要なわけです。とりあえずはそんなバランスが取れていたのが80〜90年代だったんだろうな〜なんて思うわけです。CM作っていたのも、アイデア出したのも、許可出したのもそんな上の世代でもなかったのでは。音楽シーンも同じようなもので、プレスリーやビートルズが出てきたとき、上の世代は理解もできなかったと。でもそれが時代を作り、80年代の爆発的(どーでもよさそうなもの多数の)ポップもやはり時代でしょう。しかし今や、上世代プロデューサーの言うことを聞くだけの人がスタンダードになってしまい、だってそんなのプロデューサー自体すでに前の時代のものなのですから、もう新しい時代にはなりたくてもなれませんわな。いくら時代を作った当時の才能ある若者だって、年を取ったらもう新しいものは生み出せません。しかし数の問題もあって、役目を終えるわけにもいかなくなっている。そうだとすると、打破はなかなか難しいですね。
 決して!私に譲れよ、とか自身の話をしているわけではないですよ(汗。私もすでに齢四十二、十分な「初老」でございます。本来なら役目を終えている年でしょう。後進にどんどんと譲っていかなければならない年なわけですが、いやはや譲るものがないのがお恥ずかしいところでございます。とりあえずは若い世代の文化の妨げにならないよう、静かに余生を過ごそうと思っているくらいです。またあんな風な時代に元気な時代に戻って欲しい!なんて思っているわけではないですよ、私の世代では子供だったのでそんなに恩恵を感じてなかったし。どちらかというと40代の人でも社会が変化しすぎてもうついていけんわ!という時代にならないといけないのでは、と思っているわけです。まあとにかく、ちょっと話が長くなりましたがデカール貼りながら懐かしCMを見て、いつもそんなことを思ったりしている、というわけでした。そんな私の好きなCMはピップのダダンで、「ダッ、ダ〜ン。ウィア〜、プルプルプル、ア〜マ〜」とか言うんだからもうホントどうでもいい話でした。いや、やっぱり「I feel coke」。コーラ好きで、ガンダム好きだからなわけじゃないです。
 さて、今回の写真ですが、春の飯豊山でございます。飯豊山というとまあどちらかというと飯豊連峰全部で飯豊山、というイメージがありますし、登山的にはやはり全部歩いてこそ飯豊山でありますが、かといってカレンダー的には朳差岳だけ写して飯豊山というわけにはいかないですし、名ルートでありますが石転沢の雪渓と北股岳で飯豊山、というわけにもいきません。やはり本山がドンと写ってこそ、なのでありますが、やはり同じくらいの標高が並ぶ連峰ですのでそんなに麓から本山を仰げるポイントってないんですよ。春なら樽口峠の一本桜が有名ですが、あちらも山なみは綺麗ですが本山は隅にちょこんとですし、やはりこの白川湖くらいでしょうね、本山メインでドスン感が撮れるのは。いやもちろん稜線に登ればいくらでも撮れますが、麓から仰ぐ絵というのもまた大事なわけです。
 撮影は2013年5月9日。前夜に上野発の夜行バスで米沢へ、出発が23時くらいで到着が5時だからほとんど寝られないじゃん、という感じです。でもまあ今回は山登るわけでもないし、体力使わないのんびり撮影ですから、どうでもいいっちゃどうでもいい。到着したときの天気は晴れを狙ってきたわけですから晴れてはおりますが、季節感がよく出ていていらしてちょっと薄ぼんやり。クッキリ!とは晴れていなかったのでちょっと嫌な予感がしましたが、ここまで来てしまってはどうしようもないのでございます。米沢で一時間ほど待ち、米坂線に乗り換えて最寄駅である手ノ子駅へと向かいました。
 手ノ子駅というまあガッツリ無人駅ではありますが、かわいらしい駅舎で趣があります。予約していたタクシーに乗り、サーっと20分ほどで湖岸公園に到着致しました。ここは風景写真では有名な場所でして、春は水没林が撮れる場所であります。とは言ってもそんなに多くの人が来ることもなく、まあ朝夕狙いだかろうからすでに写真撮っている人はちらほら、なのですが、やはりみなさん目当ては水没林のようで、奥に見える飯豊山ではないようです。いや、というかちょっと青空っていいうかなんとなく春霞っぽいから山は撮っていないのかな。。。。(汗。この水没林と奥に聳える飯豊山、というのがまあここの代表的な景観でございますが、私にとって一番の目的は飯豊山ですから、水没林入れるとちょっと山が遠くて風景写真になりすぎちゃうので、もっと山だけが撮りたいのですね。ここからでも望遠で飯豊山だけを撮ることはできるのですが、手前の山で結構遮られていてかつまだ山肌に芽も出ていないのでちょっと殺風景。まあとりあえずは今回はこの界隈ならそのそんな場所があるだろう、ということで来たわけです。と言いながらとりあえず水没林と飯豊山を撮る。
 ほぼ無人の湖岸公園を突っ切るように歩いて行きまして白川荘を過ぎると、源流の森センターに入ります。このあたりがちょっとした小山になっておりまして、この高台に上がればどこかしらに眺めのよい場所があるだろうとぼちぼちと歩いて行きました。源流の森センターは季節柄まだオープンしておりませんが、裏山のハイキングコースを辿って行きます。水没林あたりがちょうど新緑真っ盛り、ちょっと標高を上げるとまだ芽吹きの時期で、歩いている分には一番気持ちの良い時期であります。ここらへんあたりはどうだろうか。。とちょっと見栄えのよい場所に出ましたが手前の樹々が邪魔していてなかなかポイントが見つからない。一箇所開ける場所があったのでとりあえず撮りましたが、なんとも食い足りない。なんというかちょっと雑な感じなんですよね。飯豊本山もよく見えてるし、さっきほどの水没林よりもよいかと思いますが、もうちょっと威厳を感じるバランス感が欲しい。しびれを切らしたわけでもないのですが足元にカタクリを見つけ、しばし捕まってしまいました。
 そこから30分くらいでしょうか、とりあえずその小高い山の山頂に小さな東屋があり、その周辺は切り開かれているので西側がすっきりと眺めのよい場所となっておりました。右手下には山間に囲まれた中津川地区の集落がなんとものどかな景色を見せており、そして真正面に雪を抱いた本山がドスンと鎮座しております。残雪は集落のちょっと上まで残っており、ポツポツと咲ききらない鮮やかな新緑の樹々のタイミングはまさにバッチリ。なんだあっさりと用意された展望台があったんじゃないか。ということでここが今回の写真です。
 正直に言えばこれは撮り直したい。やはりもう少しクッキリと空を青くしたいものです。春霞もこの季節特有ではありますが、それはそれこれはこれで、やはりガッツリクリアーな写真を撮りたい、というものあるわけです。でもここからの飯豊本山の重厚感、すばらしいです。いずれ再訪して撮りに行くつもりですが、なんせ今からでも7年前の話、次行く時には切り開かれた手前の樹々もだいぶ伸びたりして、ここまでの展望はなくなってるとかありそうです。また個人的にはこの季節ももちろん素晴らしいですが、特に真冬にここで撮りたいと思っております。この辺りの降雪量を考えたら、多少樹々が成長してしまっていても雪で足元も高くなりなんとかなるでしょう。いやそれを期待して冬に来るわけでもないんだが、全部真っ白にスコーンと晴れた冬の飯豊山を撮りたいな、と。朝も良さそうだし。というかそう考えてからもう何年か経っております。。。冬はなかなか晴れないもので、、、、、。
 ほんと今回もこんなピンポイントの目的のためにお出かけしたような感じですが、まあ山の写真なんてそんなもんです。いろいろ手を変え品を変え、技とシチュエーションで勝負寄りの風景写真に比べるとこいつ働いてないな感が満載ではございますが、いかにストレートにドスンと目的の山だけを撮る、というのが魅力?の山岳写真であるわけです。いや、そんなもん簡単だろ、と言われそうですが、、、、簡単なものほどなぜ撮るのか、どうやって撮るのか、何を考えて撮るのか、などをきっちりと持っていないと撮れなかったりするのですよ(言い訳)。山の写真って、ただ撮るだけなら簡単ですけど、先ほど言ったように何をもって飯豊山とするかとか、この写っている尾根は何という尾根なのかとか、植生はどんなだとか、そういう特徴なりをちゃんと分かった上で撮っていないとダメなんですね。主役が山だけに、ちゃんと山の個性を理解していないとただ美しく撮りました、では成り立たないのかなと思います。

時間が余りました

 お昼前の11時くらいにとりあえずは湖岸公園へと戻り、せっかくなので水没林もちょこちょこと撮らせていただきました。そろそろ眠たくなってきてるところですが、まあ撮れるものは撮っておこうかと。気持ちはお帰りモードになっておりますのでタクシー呼ぼうかと思ったのですが、米坂線は手ノ子駅10時台を過ぎると次は15時くらいなわけです。今颯爽と手ノ子駅に向かっても12時くらいには着いてしまいますから、駅周辺に何かあるわけでもないし、じっと3時間も待つのも厳しい。まあ暇だしタクシー代も浮くから歩いて帰るか。行きは20分かからないくらいだったから、そんなにかからないでしょう。もしかしたら帰りがてら、飯豊山の見えるいいポイントでもあるかもしれない。ということでぼちぼちと駅へ向かって歩いて行ったのでした。そもそもこういう場所を歩くのが好きですから、やっぱりその土地の色とか感触は、歩いてなんぼですよ。

 これが全ての間違いだった。
 2時間半くらいかかったのです。。。

 飯豊山が見えそうなポイントよりも
 自販機がいつ出てくるか。
 それだけを考えて歩いておりました。

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