Report

— 過去に発表した作品の取材レポート。撮影時の舞台裏を、約2週間間隔でほのぼの更新。

REPORT - 64
26 Mar 2020更新

雑誌 岳人・2009年1月号掲載写真「仙丈ヶ岳」


 いよいよ結構暖かくなってまいりまして(というか今冬はすでに暖かかったですが)、陸上トラックに行き始めました。久しぶりにスパイクでの練習です。新型コロナの影響で屋内施設が使えないところがほとんどですが、なんとか陸上トラックは使えるところがあって助かります。おかげさまで中高生が部活も自粛なので、案外空いているのがナイス。屋外とはいえ混み合ってしまうと結局意味がないので、春休みに入って混んできたらトラックも敬遠かな、、、と思いますが、とりあえず。やはりしっかりしたトレーニングを続けないと重い荷物を背負って山に登るのも大変になってしまうので、ここは欠かさず頑張っていきたいところです。って、もはや登山関係なく過剰に練習している気もしないでもない。
 4ヶ月ぶりくらいにスパイクを履いてとりあえず200mを走ったところ、手持ち計測ながら23秒3。シーズン最初にしてはなかなかの好タイムでした。とりあえず今年は200mでは手持ちでも何でもいいから22秒台、400mでは電気計時で50秒台を出したいところです。昨年は50秒台が狙えそうな好調だったときに台風の影響で酷い風に阻まれ平凡なタイムでシーズンを終えてしまったので、今年こそは、でございます。専門の800mも頑張りたいところですが、歳とともに短距離のタイムが出なくなりそうなので、とりあえず体が動くうちに短い距離を伸ばせていけたらと思います。まあ400mを50秒台で走れれば800mも普通に1分58秒くらいはついてくると思いますし。
 と、まあ結構意気込んでいる感じとは裏腹に、今シーズンはあまり試合には出ない予定です。コロナの影響で試合が吹っ飛びそうというのもありますが、実は冬場からあまり体調がすぐれず、モチベーションが上がらないというのが理由でしょうか。さすがにそろそろ歳かな。。。なんて思ったりして練習でもなかなか追い込めず、疲ればかりが溜まってしまっている感覚がする毎日なのでございます。なので陸上の方は何回か、小さな記録会に絞ってやっていこうかな、と。何ですかね、好調の時は頭も冴えて、気合いも入って、最初から最後までクライマックスだぜなんですが、なぜか全然エンジンがかからない。24時間寝てろ、と言われたら寝られそうな勢い。と言いながら先日の200mは23秒3だったり、100mをズームフライで11秒6で走ったりと、普通の人から見たら十分だろっ、と突っ込まれそうではありますが。あと、ちょっと距離が延びると今までよりも疲れやすく、1000mだと2分50秒くらいで結構息切れしてしまう。いや、これも普通の人から見たらそもそもがおかしいのかもしれないが、何にせよ速くても遅くても、しっかりとコントロールできていない感じがするわけです。
 そもそも42年生きていると、そろそろ人生にマンネリが出てくるというか、ミドルエイジクライシスというやつですかね、今までやってきたものがかなりカテゴライズ化されてテンプレ化されて、自分が生み出して自分に与えている刺激というものが少なくなっているのかもしれない。となると、打開策としては腰が重くても、無意味のように感じられたとしても、何か全く違う行動を取ってみるのがいいのかもしれない。全く今まで自分が触れることのなかった、触れようとも思わなかったようなことを始めてみるとか。何だろう?絶対自分がやらなそうなこと。。。。。。非常事態宣言とか?
 さて!今回の写真ですが、ずいぶん昔、2009年の雑誌の表紙に使用した写真です。これといって何ということのない写真ですみません。まあいつものようにここではヨコ位置写真ですが、表紙ではこれのタテ位置の写真を使用しております。撮影したのは2006年3月15日、14年も前だから28歳のときかぁ〜、若かったなぁ。。。ってもうその話題はいいか。当時は当然ポジフィルムで撮影でしたので、何せ撮っている写真が少ないのなんの。3泊4日の日程で行ったのですが、撮った量は今から比べれば本当にほんの少し。しかも大きい判型のカメラですのでそんなにバシバシ撮れるものでもなく、撮ったら撮ったでお金かかるわけだから無駄なショットはしないし、ということで今回は出せる写真が少ないのでメイン以外はほぼイメージ写真でお許しください。
 出発は2006年3月13日、今だったら高遠からタクシーで戸台まで一気に行きますが、お金が勿体なかったのかバスにて参上。というわけで仙流荘から1km戸台側の黒川で下車、まずは4kmほど戸台に向けて歩いていきます。天気図では結構な冬型になる予想で、バスを下車するときには運転手さんに「だいぶ冷え込むようですから、気をつけてくださいね。」と声を掛けて頂いたのをよく覚えております。当時はこの年の月まで長谷村で、バスも村営バスでした。バスを降りたのが午後2時ごろ、来る途中の街中では福寿草がちらほらと咲いていたので何やかんやで春めいてはきているのですが、それでもなかなか寒々しい道を辿って進んでいきました。こんな時期誰もいないだろうし、、、というか本当に誰もいなかったけど。
 カメラはフジGX617、GSW690III、ペンタ67を積んでおりますので、荷物が重いのなんの。それにテントやら食料ですから、全部で40kgは超えていたと思います。とりあえず90Lくらいのザックがパンパンというか雨ブタのびのびで使用している感じで中身はカメラが半分占めていたような。そんなんだから歩みもぼちぼちで、この日は午後5時に廃屋の丹渓山荘に到着しました。夕方到着ですがすぐそばで水も取れるし、屋根もあって快適なもんです。
 翌日14日は冬型の気圧配置も強いままだったので天気も微妙、焦らずゆっくりと出発しました。北沢峠に着いたのが午前11時くらい、誰もいないテント場にテントを張ってから空荷でトレースをつけに仙丈へと登っていきました。ノートレース、3月のがっつり積雪ですが、ここまで散々重い荷物で痛めつけられましたので膝くらいのラッセルぐらい、空荷ならぐいぐい進むのなんの。ほぼ夏のコースタイムで5合目まで足跡をつけることができました。樹林帯にも関わらず荒れているのがわかるくらいの強風が吹き抜けていきます。だいぶ寒いし、明日の朝は晴れるだろうか。。。トレースはつけたから日の出の時刻に向かって黙々と進めるだろうけど、これだけ寒気があると雲も残りそうで。。。5合目から少し進んだところでトレースつけを終了し、この日は北沢峠へと戻って行きました。北沢峠は何が楽って、冬でも沢から水が取れるので本当に助かります。撮影する側にとって時間はなるべく確保したいところですので、わざわざ雪から水を作らなくていいのは気持ちの面でもだいぶ楽になります。夜の気温はマイナス14度というのをよく覚えています。北沢峠でこの気温だから、だいぶ冷え込んでいたと思います。なかなか寝付けなかった記憶が。
 さて15日、やはり空には少し雲が残っていたので朝日を狙いに早出するのはやめ、落ち着いて昼だけの撮影に切り替えました。まあこのあと天候がどんどん回復したので、もし早くに登っていたらそれなりには朝日の写真を撮ることができたかもしれない。やや弱気になっていたかもしれないですね。今の自分から見ると単純に「甘い!」と叱っているかと思います。ただ、今と比べると間違いなくカメラ重量、そしてそのまま総重量が違いますから、そこまでの疲れによる影響なんかはあるのかな、と。でも一番大きいのはやはり経験でしょうか。若い時と比べるとやはりメンタルの使い方は段違いで、今だったらこういうケースならこう、とか無心で使い分けができるところ、若かりし頃はどうしようか選択に迷ってしまうなんてことはよくありました。これ当然のことながら陸上競技とかでもそう思ったりします。若いときは少しでも練習を休むと次また走れるか不安になったりして思わず練習を連日続けてしまったりしてましたが、経験を積むと案外休んでも体力って落ちないということに気付き、むしろしっかりと休みを入れる方が練習になる、そしてその休むときに生まれる不安は無意味な不安ということを理解し、結果焦ることなく体調を整えることができたりするんですね。でもそんな偉そうに言わなくても、何でも、誰でもそうですわな。歳をとる、というのは決して悪いことだけではないということですね。
 森林限界を抜け、午前9時頃に小仙丈ヶ岳に立ちました。やはりここからの仙丈ヶ岳はどっしりしていていつみても格好いいです。モビルスーツでもどっしりしているものが好きですので、こういう重量感のある山は撮っていて楽しいですね。ここからの仙丈はまさにジ・Oと言ったところ(※イメージ1参照)。見かけは重そうなのにスラスターいっぱい積んで実は速い、というのも仙丈とぴったりです(意味不明)。ということでこのとき撮ったのが今回の写真です。ここではペンタックス67、フジ69などで色々と撮影、この先の稜線でフジ617などのんびり撮ってましたので、結構この界隈で時間をかけて撮っていました。天気はすっかりよくなり、風も収まって暖かくなってきました。時折強い風が通りますが、日差しで結構ぽかぽかです。写真を見ての通り、この時期になると暖かい日も多くなって雪はやや融ける日があるので、融けて、冷えて、固まって、を繰り返してちょっと雪面に手テカリが出ます。
 この春っぽさ特有のテカリ感、まあ4月は特にもっとですけど、「冬山」と言うにはちょっと頂けないところがあります。寒い日ばかりの冬であればこういうテカリではなく、積もった雪そのままのフワッとした感じが出ますね。厳しい冬山を撮りたければやはりそういう時期に撮らねばならず、こういうテカった雪面の写真で「厳冬」というタイトルをつけたりするのはやはりご法度でございます。ちゃんと被写体のことを理解し、被写体に即して撮影せねばなりません。まあつまり雪が山についていれば「厳しい冬山」としちゃう雑な理解ではダメで、写しているものはどういう状態なのかをちゃんと見る必要があります。ということでこの写真は春っぽさが出てきた写真なわけですが、春山というには南アルプスとしてはちょっと冬山ぎみ。。。という微妙な期間の写真です。こういう移行期の山容も非常に好きで、四季というのもざっくり4つに雑に分けたカテゴリであって、本当はもっと繊細に季節が移ろいでいっているというのを伝えることができるわけです。ってそれなのに1月号で使うって、どんな神経だよ(汗)。
 稜線のシュカブラは数日の冷え込みの効果もなく、やはりやや硬くなってきれいなものは少なかったです。とりあえず山頂を往復してきましたが、やはり集中して撮影していたのはこの小仙丈ヶ岳周辺でしょうか。いつもの北側斜面のシュカブラはなかなか調子よく、ちょうど北岳と重ねることができるのでいい撮影ポイントです。午後5時には北沢峠に下っていましたので、夕方4時くらいまで稜線にいたかと思います。まあこんなもんかぁ、という感じではございました。フィルム時代は本当に撮れるものも少なくて今からしたら少なすぎて話になりませんが、でもそれなりに撮った感はあったのかなとも思います。でもできれば本当は真っ赤になったデストロイモードの仙丈を撮っておきたかったですね。このときはユニコーンモードだけになってしまいました(※イメージ2参照)。
 天気の移り変わりは早いもので、翌日はもう曇り空っぽくなっていた記憶がございます。ただ、15日の夜から16日朝にかけての気温がマイナス2度、と前日に比べて12度も上がりましたので、雪山なのに暑いの何の。12度も上がるとマイナス気温にも関わらず暑いものなんだなぁ〜というのを実感致しました。10度が22度になったら汗の量が段違い、みたいな感じで、マイナス2度だとポカポカ陽気ですよ。確か暑くて寝袋剥いで寝てたような。テントを回収し、また重い荷物を背負ってせっせこせっせこと下って行きました。下りは楽!なはずなんですが、ここは平地を歩くほうが距離が長いのでなかなか疲れます。とくに道路に出てから仙流荘までがきつい。

男には負けると分かって(以下略

 覚えている限りだと仙流荘発高遠行きのバスが午前11時くらい。で、北沢峠から歩いて仙流荘に到着したのが10時45分過ぎくらい。ここに歩いてくるまででも風呂はどうなるか、どうしようか悶々と自問しながら来たわけですけど、仙流荘に着いて、もう何も考えずざっと着替えだけ出して風呂に向かって走っておりました。当時はたしかこの11時を逃すと次は午後2時くらいまでなかったのでこのバスを逃すわけにはいかなかったですし、しかしたっぷり汗もかいて風呂に入らないわけにもいかないですし、今思うとよく10分そこらで風呂入ってバスに間に合ったなぁと思います。おそらく死に物狂いで入浴していたかと思いますけど、急いだところで冬装備の服を脱いで、汗を流して風呂に入って、髪洗って体洗って、また冬の服を着る、という作業を10分って結構心臓バクバクですよ。まあ間に合ったんだから素晴らしい。外から見たらどんな感じだったんだろうか。おそらくタイムラプス的な動きだったと思われる。
 多分今だったら到着前に諦めて、ゆっくり風呂入って、のんびり食事して、優雅にタクシーで帰ります。

 いや、わからない。
 バスの時刻ってなぜか結構燃えるものがある。
 間に合うか、間に合わないかの
 究極のせめぎ合い。
 そこに勝負の美学がある。

 戦い続けることが
 永遠のロマンであることも
 おそらく間違いない!(※イメージ3参照)

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