Report

— 過去に発表した作品の取材レポート。撮影時の舞台裏を、約2週間間隔でほのぼの更新。

REPORT - 41
14 Nov 2018更新

雑誌 岳人・2005年1月号掲載写真「笠ヶ岳」

 

 ということで、すみません。レポートの更新がまた遅れてしまいました。というか実は今週から長期で外出致します故、タイミングを見計らってちょっと遅めの更新とさせていただきました。海外以外は短期決戦の撮影ばかりの私ですが、「長期」ということはつまりその、全くもって皆様のおかげと申しましょうか、ご好評の「ドローン大縦走」の新作の撮影に行ってまいります。放送は年末年始のどこかになりそうで、ずいぶんと大変な枠をいただいてしまったものだと今更ながらに思うのはまあいいけど、しっかり撮れんのかい?
 しかし暖かいですね、今年。エルニーニョが発生してしまったようですし、ロナウジーニョも預金残高が750円だそうですから、雪があまり降らなそうです。2015-2016年の再来にならなければいいのですが、雪が少ないと苦労して登って撮ってもあんまり良い状態じゃない、みたいな事も多く、撮った作品を長年使っていく写真家としては厳しいものがあります。撮ったところで「悪い状態」というのはそのまま使いどころも少ないですので、掛けた経費が返ってこないので仕事としてはアウトです。なのでなかなか撮影にも出られず、なんていう冬になってしまうともう今から考えただけで頭を抱えてしまい、ついには暇人の終着駅であるPGに手を出してしまうんじゃないか。。。いや、HG派の私としてはネオ・ジオングか。作ったところで一体どこに飾ったらいいというのだ。
 と、まあ訳のわからないつぶやきはさておき、今回のドローンだぞ全員集合のテーマは私の身勝手な発案で「雪山」でございます。なんとか雪山でやらせてくれ!と言ったはいいものの、付いてくる撮影班も大変だし、寒いし、たぶんなかなか晴れないし、どうなることやら。おまけに今のところ肝心の雪がないので、、、これからいくらか降ってくれるならドカ雪悪天候続きよりもいいのですが、どうなるんでしょう。でも、うまく撮れたら素晴らしい映像をお届けできると思いますので、ぜひお楽しみにお待ちくださいませ。
 さて、今回の写真ですが「笠ヶ岳」と銘打ったものの、実際掲載したときは「双六岳」グラフの中の一枚です。すみません。掲載はずいぶんと古いものでして、2005年1月号の岳人の巻頭グラフです。撮影は2004年11月5日、14年も前ですのでもちろんポジフィルムでの撮影です。カメラはペンタックス67iiで、このときは他にフジGX617、フジGSW690iii、フジTX-1を運んでおりました。
 これから撮るドローン大縦走でもそうですが、「新雪期」というのが私は結構好みでして、ちょうどこの時期というのはガッツリ登るには雪が少なくて物足りないから登山者が少なく、でも様相は冬山の印象が撮れて、かつ厳冬期だと入りにくいところに楽に足を運べる、という特徴があります。ちょうどこの撮影のあたりは何年か続きで「新雪の雲の平」に入り込むのが通例となっており、というか場所が場所だけに結局入り込めないことが多かったのですが、、、、まあ物好きと言いますか、そんなことをやっておりました。
 その前の年の2003年は11月に2度も双六から雲の平を目指していたのですが、11月上旬は今年のように全く雪がなく、11月下旬は結構積もっていたものの結局雨が降って融けてしまうなど、散々な目にあっておりました。ということで今年こそは、と意気込んだものの、この年も雪の降り始めは遅く、三俣蓮華岳まで足を延ばしたものの雪のない雲の平を眺めて返って来たことをよく覚えております。それでも降った直後にこうしていくらか撮れましたので自分の中では満足のいく撮影でしたが、改めて撮ったものを見てみるとボジ時代だけに結果が「少なッ」という感じです。今でこそデジタルですからいくらでも枚数は撮れますが、フィルムは持っていける数が限られていますから、、、でも何だかのんびりしていていい時代でした。というかGX617みたいなドカンとフィルムを消費するカメラ使ってたのも原因ですけど。
 当時は自分の経験も浅く、「天気を確実に読んで入り込む」というよりは「入ってから待つ」タイプでした。ですので何も撮れずに敗退ということも多く、今では考えられないですがそれはそれで楽しかったです。でもそうやってやってきたことは無駄ではないですし、もちろん今では経費などの面でそんな遊びじみたことは厳しいですが、じっくりと山の中にいたことで山を覚え、対策を考え、今に至っているのだと思います。
 入山は11月1日。前日に松本に泊まり、一番早いバスで新穂高温泉へと向かいました。天気は曇り、一日を通しては時々晴れ間が覗いたり、夕方に小雨が降ったりと不安定な感じでした。当然他の登山者は皆無で、とにかくぼちぼちと登っていきます。華やかさはないですが紅葉が終わったわさび平も趣があって、なかなかいい感じです。テント場の地面が枯葉で覆い尽くされて、いよいよ冬なんだなぁ、、、と。お昼ごろ秩父沢に着き、橋のはずされた沢の渡れそうなところを探して渡り、休憩。この先は水場がありませんので、秩父沢で水筒を満タンにして担いで行きます。といっても一日分、今のところの状況を見る限り双六小屋付近でも雪から水が作れるのかどうかという感じですから、早くも先が思いやられます。前年よりまし、という程度の積雪状況です(つまりほぼ無いってこと)。
 今だからぶっちゃけますが、当時は夏山やこの時期でも雪の標高になるまでサンダルで登っていました。ナイキのアクアソックで。。。だって軽いし、つまるところ足袋って言ったら足袋でしょ、という訳わからん精神構造でしたが、ただ単に体力でカバーしていただけかと。そして雪が出てくるとコフラックのプラブーツを履く、というなんとも極端な装備。とりあえずはそんな感じで雪が全くない鏡平に到着し、そのまま双六小屋へと参ります。夏山と変わらんがな。鏡平も池にかかる橋桁が外されていますが、脚は立っているので池に落ちないようにカニのヨコバイで通ります。
 翌日2日は雨。雨ですよ雨。雪降らないヨ。昨日双六小屋の冬期小屋に入り込んでから、安全で快適ではございますが何とも動きのない一日を過ごします。光が採れるのも高い場所にある冬用の小さな入口だけですから、なんかヴァンパイアみたいな気分です。う〜ん、寂しい、けど前年もこんなことやってたなぁ。外を覗いても当たり前のことながら人の気配は全くなく、まあこういう感じはどちらかというと好きなんですが、でも雪がないと熊でも出そう。水はどうしたかというと、巻き道の沢まで足を延ばすのもいいのですが雨もあって面倒なので、凍った双六池をピッケルで割って水をすくいました。ちゃんと煮沸したので大丈夫だと思うのですが、まあ14年も経って大丈夫なので大丈夫なんでしょう(適当)。
 一日どうやって過ごしていたのか、今思い返しても不思議ですが、時折本を読んだり、意味もなく外を眺めたりとなんとか時間をつぶしていたかと思います。もしやこれは時間を食べるテストをされているんであって、このあとネジにされちゃうんでしょうかと不安にもなりましたが、今だったらスマホとかで何とでも時間を潰せそうな。。。夕方頃でしょうか、まさかと思ってちょっとびっくりしましたが、同じくらいの歳の登山者が一人、双六避難小屋もとい、西田避難小屋にやってまいりました。
 さすがにずっと一人だと思っていたので、人間が来るとちょっと怖かったり。まあでもなんやかんやで話しやすい人で、暇で死にそうなヴァンパイアの格好の餌食となってしまったような気もします。彼も目的は雲の平のようで、明日向かうそうな。私も目的は同じながら天候が悪そうなので、というか雪が少ないので双六に待機と決め込んでいたのでちょっと羨ましくもありました。この頃からそうですが、やはり私はあくまでも「写真を撮る」ために山に入っているという強い信念のもと行動しており、ただ欲求で動いて登山目的にならないよう自分を律しておりました。とはいえ目の前の人に「じゃ、雲の平行ってくるね」と言われるとくやしいものがあります。撮れないとわかっていても、どこかでやはり登山の魅力みたいなものもあるわけですね。気温も低くなって雨はようやくあられに変わり、少しだけですがうっすらと地面が白くなっていきました。
 11月3日はとりあえず晴れ。周辺はあられで白くはなったものの気持ち程度で、相変わらず雪山ってレベルじゃねーぞです。とりあえずは天気もいいことですし、小屋にいてもしょうがないのでお散歩に。昨日来た彼は雲の平へと向かい、私はぼちぼちと稜線を歩いて三俣蓮華岳まで行きました。このあたり、デジタルだったら記録として一応何か撮ってるでしょうけど、フィルムですから勿体なくて何も撮っておりません。すみません。いくらかのあられも昼間にすっかりと融け、結局元の姿に。雲の平をはじめ、鷲羽岳、水晶岳、薬師岳、黒部五郎岳と、見た感じまったく雪がありません。何だかなぁ。午後は樅沢岳を往復し、一人ポツンと双六避難小屋に戻りました。しかしですよ、夕方から待望の雪が、雪が降って来たのです。
 11月4日、朝起きても雪。ぐんぐんと積もってきているので、これで晴れればいい感じです。雲の平に行った彼は大丈夫だろうか、なんて思ったりもしましたが、昨日までほとんどなかった状態ですから積もったってたかがしれていますね。とりあえずは外を見たりしながらボーっと時間をすごしておりました。積もれ積もれ〜なんて思う割りには、あまり積もったら帰りが怖いなぁなんて不安になるところもあり、微妙な心理状態です。結局一日をボーっと過ごしていたわけですが(笑)、雲の平へ行った彼が午後3時過ぎくらいに戻ってまいりました。
 「真っ白でなんだかわからなかった。」と。そのあとに「ムシャクシャしていた。誰でもよかった。」などどいうありきたりの言葉が続きそうですが、今までの天気を見ている限り、まあ雲の平まで行っても何だかわからなかったでしょう。こういうときに「いや〜素晴らしかった。雲の平だけ晴れちゃってさぁ〜」とか言われちゃうと、もう悔しくて悶絶死してしまうので、彼には悪いけどホントそうならなくてよかった。とりあえずはまた話し相手ができて時間を潰せそうで大喜びの私ですが、そんな喜びも束の間、何だがグワッーと雲が取れてきたんですよ、グワッァーと。
 思わず「ちょ、待てよ!」と自然と口から出ちゃいましたが、もう夕暮れ近く、これ間に合うのかい。急いで機材をまとめ、雲の平から帰還した彼に「ザ・グッバイ」と言い残し樅沢岳へと駆けていきました。さんざん粘ったんだから、ここで撮れなかったら生きてる意味がない!そんな気持ちで息を切らせながら、急いで登っていったのでした。それでも雲もまだ流れており、ガッツリ夕焼けというわけではないのですがとにかく山がどんどん姿を現し、これはいける。。。と。樅沢岳に到着しカメラをセット、本当にワンショットくらいしか時間はありませんでしたが、なんとかその姿をフィルムに焼き付けたのでした。薄紫色に染まる薄暮の槍穂高連峰、現在このサイトのトップページの写真でもあります。って、ここでも今回レポートのトップ写真じゃねーのかい。
 避難小屋に戻ると「撮れました?」と聞かれ、いや、もー、すごいよかったよぉと満足げに話すわけですが、今だったらデジタルのモニター見せてこんな感じだった、とすぐ視認できるわけですが、当時はフィルム、もういかによかったかを「口で語る」という何たるアナログ世界(笑)。いい時代でした。ラジオの天気予報では5日は晴れ、明日は雪化粧の景色が楽しみでございます。
 翌5日、雲の平の彼は下山するそうで、早朝に挨拶をして私は日の出前に樅沢岳へ向かい鷲羽岳方面を撮影、そのあと笠ヶ岳方面を撮影していきます。樅沢岳から下る途中、中腹で撮ったものが今回のトップ写真です。雪がなかったらなかなか絵にしづらい手前の状況ですが、雪に加えて風の爪痕がいい感じでついております。奥の景色が抜戸岳と笠ヶ岳、だから本当は今回のタイトルも抜戸岳と笠ヶ岳なんでしょうが、まあお許しください。
 双六小屋に一度下った後、お次は双六岳へ。中道から雪上をダイレクトに双六岳へと向かい、写真を撮りつつ山頂へ。頂上台地もうっすらではありますが真っ白で、いつもとは違う特別な景色です。山頂でだいぶ時間を過ごしましたが、雪は降ったもののやはり暖かいようで、雲の平方面を見る限り昼過ぎにはほぼ元の雪のない景色に戻っておりました。でもとりあえず昨日の夕方、今日の雪景色の双六岳を撮れたので、雲の平こそ行けませんでしたが満足です。
 時間があったので再び樅沢岳に向かい、しばらくした後で下る途中に双六小屋に二人ほどの人影を発見。小屋に下って挨拶をすると日帰りで見回っていた双六のスタッフのようで、当時の黒部五郎の支配人と若い人のお二人でした。実はあとでわかったことですが、この時の若い人は双六オーナーの小池岳彦さんだったようです。夕方の天気は早くも下り坂で曇ってしまい、ようやく翌日下山致します。

なぜか濃かった思い出が

 しかし、本当にこの時のフィルムを見返すと撮った写真が少なすぎる。フィルムだから適当にバシバシ撮るわけにはいかないにしても、本当に少ない。でもだからこそなのか、今よりも充実感でいっぱいだった気もするんですね。いや、決して今が充実していない訳ではないですよ。でも今は資料が残り過ぎちゃうというのでしょうか、思い出が結構明確に写真や動画に記録されてる気がしちゃうのか、懸命に生きてた生々しい感覚みたいなものが、振り返ると多く感じる気がするんです。いや、感じるしか方法がないからそうなるんでしょうけど、それしか方法がない、というのがあの時代のいいところなんですかね。でもそれはそれ、これはこれ。時代に合わせて走り抜けるしかないですね。
 11月6日は朝から曇り。心置きなく下山できます。朝7時前には双六避難小屋を出て、鏡平でサンダルに履き替え、お昼くらいには新穂高温泉に下山致しました。昔は新穂高温泉にアルペン浴場という無料の入浴施設がありまして、これ入れねーだろ!というやたら熱いときもあるのですが、いつも下山後はそこで汗を流して帰っておりました。これもまた、懐かしいなぁ。


 しかし、特に冬はやたら熱かった思い出が。
 押すなよ、絶対に押すなよ。


 って、アルペン浴場は本当に熱かったから!

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