Report

— 過去に撮影した作品の取材レポート。撮影時の舞台裏を、約2週間間隔でほのぼの更新。

レポート96
24 Oct 2022更新

2011年10月19日 撮影・「黒斑山」


 10月も後半になってようやく、本当にようやくですが秋らしくなってきた感じがします。というか10月もすっきり晴れず、なかなか曇り空どんよりの日が多かったですね。暑いと思ったら一気に気温が下がって緩衝月のないのは最近のトレンドですが、今年は順当に雪が降るかどうか。昔は10月下旬に山に降った雪は根雪になって、11月初旬はきれいな新雪の景色が広がっていたんですが、そんな景色ここ10年見てないような。。。つまるところ緩衝月、季節の移行時期が本当になくなってしまい四季はなんとか一応あるけどダイレクト移行状態なんですよね。実際感情の機微と申しますか、大事なのはわかりやすい四季よりもあの中途半端な移行期であって、それがわかりにくくなってしまったというのはとても哀しいことであります。うすうす長袖のカットソーを着る時期がない!という非常にくらだない個人的な哀しみ程度のようにも思えますが、そういう些細な現象、行動がひとつずつ、しかも鳩の足音のように知らず知らずひっそりと失われているというのはそら恐ろしいことでもあります。
 環境が先なのか、人間の思念が先なのか、はわかりませんが、そうした些細な現象と出会う移行期が失われつつあるのと、人間社会の生活スタイルや価値観がリンクしているのもなかなか面白いところがあります。些細なものには喜びを見出せず、何でも極端であったり、噛み砕いたわかりやすい目立つものにしか反応できず、どれだけ質が良くても深くても、難しく考え込むような時間がかかるものは排除してしまう、というやつです。大事なのは答えがわからなくても当の本人の中で考え込むことであり、たとえその結果間違った答えを導き出したとしてもやはり、自分自身で「考える」という作業は大切なものであります。でなければ人は「答え」だけを求めればいいことになってしまい、特にこの現代社会では簡単に答え「と思われるもの」が手に入りやすく、容易に飛びついて心の安寧を求めるだけになってしまいます。それが実は全く「答え」でなかったら、それは途中経過である考える作業もなく、さらに答えも持っていなく、何もしていない状態であります。ただ楽しく過ごしたい、、、というのはまさに人間らしい希望でありますが、どんな考えでも、人一人が自分で考えて行動するというのは失ってはなりません。些細なこと、わかりにくいことにも目を向けて、感情の機微を養っていくという作業が、本当の意味での幸福感をもたらすものだと思います。簡単に言うとそういう幸福感はゼロからプラスになる幸福感で、自分で考えて手にしていないただの安心からくる幸福感は、マイナスからゼロになっているだけ、のような感じでしょうか?
 なわけで、そういう微妙な、些細なものを感じられる、学べる季節の移行期がなくなってしまうと、やはり人間の心情にもあまりいいことを及ぼさないのでは?と思うわけです。人類の必読書「神聖モテモテ王国」でも、

「古池や 蛙飛び込む どうでもよい」

「夏草や 兵どもも どうでもよい」

(評:ちょっとハイネ入ってたかにゃー)

と言っているように!「どうでもよい」となってしまっては何の価値も、芸術も生まれないのです。「どうでもよい」と思われることに目や耳を傾けること、そこに実は大事なことが隠されているのであります。ともあれ単に移行期について書き始めたつもりでしたが、筆が滑ってやや脱線気味の冒頭でありました。まあとにかく、「マイナスからゼロ」なんて行為はやめて、「ゼロからプラス」を目指しましょうよ、というわけであります。難しいけど、頑張るっちゃ!
 さて、今回の写真ですが、秋の黒斑山でございます。お客様からリクエストがありましたので選んでみました。と言ってもこの時期に何度も行ってますから、この年のものをリクエストされているのかはわかりませんが。。。細かいことはまあいいでしょう!黒斑山から見る浅間山の景色は大好きですので何度も足を運んでおりますが、秋はもしかして浅間山目当てではなくてカラマツ目当てのような気が致します。何度も秋景色を見ていると実は一番美しいのは新緑の頃から夏にかけての爽やかな緑の時期、、、なんて思ってきたりしますから、それも結局カラマツの緑ということで、カラマツ目当てなのかもしれない。浅間山が迫力あってかつ美しいのは間違いないが、これだけのカラマツがあるかないかはだいぶ大きい。そもそも一帯は池の平、篭ノ登含めカラマツだらけなので歩いているだけで楽しい。そんな気分にさせてくれるカラマツとは一体何なんだろうか?
 撮影は2011年10月19日、翌年の見頃は10月26日でしたから、まあ例年の見頃はこの辺りの1週間。カラマツだと見頃も少し長いので若干の幅はあるかと思います。天気は晴れる!という予想図のもと現地に殴り込んだわけですが、、、佐久平駅に着いたときの空模様は曇りでありました。このあと晴れるとは思いますけど、、、ちょっとだけ怖かったですね。バスに乗って標高を上げていくとなんと晴れてくるではありませんか!って麓を見下ろしてみると雲海っぽくなっているので、つまり山の上はすでに晴れていたわけね。よかったよかった。
 峠に着きまして、そんな雲海をちょっと眺めた後に登り始めました。登るのが目的でしたら私ならものの30分くらいで黒斑山に着いてしまいますが、まあとにかくのっけからカラマツの黄葉が私の足を止めるわけです。1本で魅せる気もあれば、ずらりと並んで絵を作る奴らもあり、しかも良い塩梅でちょうど良く染まったオレンジ色が何とも綺麗。ともかくカラマツの良いところはみなさん規律良くすっくと立って、並んで、左右に腕を広げて、とフレームという規律良い枠に収める側からすると何でも絵にしたくなるところでしょうか。澄んだ青空に秋らしい雲も流れて、う〜ん、私のハートもハッピーですよ?振り返れば八ヶ岳から中央アルプス、北アルプスもくっきりと見渡せて、なんとも素晴らしい撮影日和であります。
 なわけでだいぶカラマツの黄葉に足を止められまして黒斑山に着いたのは出発から1時間半後の11時半。ぬくっと姿を現す浅間山の後ろには結構雲がありまして。。。あれ?とちょっと残念ではありますが、まあここはもう少し夕方の方が撮り時ですから、まだ焦ることはないですね。いつもここに来て思うのは、この今立っている黒斑山も、浅間山なんだろうなぁ、ということです。ここは黒斑山、あれが浅間山、なんて呼ばれていますが、そもそももっと大きな山だったわけで、その1個の大きな山だったときは人間がこの山を浅間山と呼んでいたとは思いませんが、、、ともかく終末的噴火でこんな形になったわけです。なので噴火してぶっ壊れてなければ一個の塊だったわけで、もう少し標高も高かったんでしょうけど、何だかそれなのにこっちを黒斑山、あっちを浅間山と呼ぶのも面白いなぁ思ったりするわけなんですが、浅間山と命名されたときはもうこの形だったんでしょうね。1個の山だったときの姿も見てみたいものではありますが、崩れたおかげで窪みができて、その見下ろす湯ノ平の景色が素晴らしいから、やっぱり噴火してよかった!(勝手)
 しばらくは上から見下ろす湯ノ平の風景を撮ってから下ることにしました。見下ろすカラマツの森は切り取りでたくさんのパターンが撮れるのでキリがない。どうせここには後ほど上がってきますので、適当なところで急坂を下って湯ノ平へ向かいました。時間的なものもあると思いますが、案外この道を通る人って少ないので結構静かな山歩きが楽しめます。ということで先ほどまで遠目で見ていたカラマツの森へと足を進め、ぐいぐいと下っていく。途中いくつも「ああ、もっと青空だったらいいカットが撮れそうだなぁ」と思いながら、湯の平へ。小さく見えていたカラマツがぐんぐんと自分の目の前に迫ってくると平たい場所に出て到着でございます。黒斑山の景色はまさによくある山登り、登山で見られる景色なのですが、この湯の平で感じる景色はとにかく何というか「日本離れ」という感じが致します。外輪山と浅間山に周囲の景色が遮られ、そしてこの荒野のような湯の平、何だかとんでもなく遠くへ来たような錯覚を覚えるので本当に大好きな場所です。

心通わせて

 ちょうどそんな狭い場所なので結構日の当たり方が面白く、所々がっつりと日陰ができたりする場所なので陰を生かして黒バックでカラマツを撮ったりしてまったりと時間を過ごしておりました。しかしやはり何と言ってもこの湯ノ平から見上げる黒斑山でしょうか、崩れて荒々しい山容が素敵です。のっぺり浅間山はもちろん絵になるから好きなのですが、こういう岩山、一見ランダムで無秩序で決まりどころがない感じがしますが、ピークを頂点にやはり何か個性というか、存在を感じさせるものについ惹かれてしまいます。富士山とか浅間山とか、確かに絵になる。のですが、絵になりすぎると構図を作るのもややワンパターンになりがちですので、あまり秩序立ってない方が想像力を掻き立てられるわけです。
 そんなこんなでこの湯ノ平に2時間ほどおりました。なんだか西部劇のロケに使えそうな、そんな場所でゆっくりする贅沢。というか西部劇なんて今更撮らないか、撮っても哀しいかなフルCGですわな。ジョン・ウェインだってディープフェイクで復活できるわな。そんなわけで後ろ髪を引かれつつ、だいぶ日が傾いてきましたのでゆっくりと戻ることにしました。誰もいない静かな草すべりを一人ゆっくり登っていまして、やはり背後の浅間の景色が名残惜しいものですから何度も振り返りながら歩いていると、右手の方からひょっこりとカモシカが出てまいりました。
 のんびりと、ただのんびりと。別にこちらに何か恐れるわけでもなく、のんびり景色を眺めている感じ。まあいつもカモシカはそんなもんですけど、いつもなら逃げていってしまうくらい結構近い距離だったので、あまり怖がらない個体だったのかな、と。時折目があったりして、時折浅間を眺めたりして、何をするわけでもなく私もカモシカもぼーっとしておりました。低くなっている日の傾きがなんともムードを出してくれている感じで、何とも哀愁が漂います。
 再び黒斑山に戻りまして、いざ浅間山を撮ろうと思いましたがあまりいい日差しでもなく、空もだいぶ雲で覆われておりました。また来ればいいからとそそくさと下り始め、時間帯的にももう誰もいない登山道を黙々と歩いて行きました。峠に下りたのは午後4時ごろ、雲もまただいぶ広がって、向かいの水ノ塔山の方はだいぶ真っ白になっておりました。天気は下り坂のようです。全体的にはメインの浅間山が撮れたとは言えないのであれですが、それでもたくさんカラマツが撮れたのでなぜか少し満足した気持ちがありました。

 曇ってしまいましたが
 それでも何となく嬉しい気持ちになれたのは
 最後にあのカモシカに会えたからかもしれない

 なんとなく目があって
 心を通わせたような気持ちになれたこと

 なわけねーだろ
 と、向こうは睨みつけていたのかもしれない

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