Report

— 過去に撮影した作品の取材レポート。撮影時の舞台裏を、約2週間間隔でほのぼの更新。

レポート122
17 Mar 2025更新

2014年3月17日 唐松岳


 先日は寒い寒い雨の日にわざわざ静岡の講演まで足を運んでくださった方、誠にありがとうございます。みなさまの身になったかどうかは全くわかりませんが、作品講評につきましてはいくらか納得していただけたかと思います。正直なところ日本における一般的な(義務教育レベルね)芸術に対する接し方だと、何と言いましょうか、「感じる」ことばかりが美徳とされてるような気がしまして、多くの人が実は作品を見る・観る・視る(ヤクルトでなければ青い鳥のことでもない)というのがよくわかってないのではと思うところであります。結局は知識がなかったり考察ができなければ「感じる」幅も非常に狭くなるわけで「この作品が素晴らしいんだから感じろ!感動しろ!」と言われてもそれは到底無理だと思うんです。無理は嘘吐きの言葉、、、というのはとりあえず置いといて、、、なぜ美しいかを解釈する、そうやって価値を理解するという解釈学的アプローチが作品鑑賞には大事なんでありまして、それがわかれば多くの人もその各々の作品の価値がわかるはずと思うのでございます。
 そうやってはじめて作品が理解や評価されるんでありまして、その後に感じたり感動したり、好みであったりそうでなかったりするもんで、素晴らしい作品なんだからみれば誰でも感動するもの、という前提だと全くコンテストに応募していただいた方にも失礼であります。そう言いながら入賞者がいる前で作品を講評するという何たる失礼なことをしたものか。。。とそこはお許しくださいねって、基本褒めてしかいなかったと思いますがどうでしたでしょうか。解釈が深すぎる!と思っていただけたら嬉しいですが、見方によっては難癖というか、深読みし過ぎじゃねーの?と言われそうでもあります。でも作った本人がそう思ってなくても「作品」はその内容を含んでいるものなのです。そして私自身はというと、その制作者と作品は同じ位置で、同じ理解の深さで存在すべきと思っています。撮れてた、じゃなくて細かなところまで意図を持って「撮った」。故にプロフェッショナル、だと思うのですが、でも実はそう言ってるだけで、「撮れてた」ことも多々あるよん。と結局いい加減なのでありました(なんだそれ)。
 さて、今回のレポートはおそらく短いです。冬の唐松岳です。というのも結果から言うとほとんど記憶がない、思い出がない。殴り書きしつつ思い出が出てくるのかもしれないが、それというのも撮影が非常に作業的だったからでありました。こんなことを言うと「冬の唐松岳に行ってみたい!」という方には大変失礼ではありますが、私としてはすでに何度も登っている上に何か狙いに行ったわけでもなく、ただガイド用の写真を撮ってくるということに徹した日でしたので、本当にもう、ちょっと面白味がないといいますか。しかもその前日は八ヶ岳の権現岳に行っておりましたし(レポート111)、翌日夜からは青森岩木山へと行きましたので(レポート79)、本当に何が何だか。何度も入っているならいく必要あったのか?という意見もありますが、どうにもそれ以前は作品の写真が多く、途中の細かいガイド写真の手数が足りなかったわけですよ。なのでそれだけのために行かねば、と。もうすでに初版から10年経ってしまっておりますが、あの「雪山ルート集」は私にとってそういった辛い思い出とともに、汗と泪と男と女と部屋とランシャツの案山子なわけですよ。
 ということで時は2014年3月17日、出発は前日の16日ではありますが、夜行バスで白馬に行きましたので16日23時発のほぼ17日日帰りですね。さして遠くない八方ですから、到着は朝の6時、よってあまり寝られていない。このときはよく早死にするんじゃないかなと思ってました。3月も半ばを過ぎると朝の訪れもいつの間にか早く、八方6時着にはもう空がそこそこ明るくなっている。記憶では山は綺麗に見えていたような気がしますが、朝日で真っ赤に染まったなどの記憶はない。むしろ朝方は微妙な天候だったような感じで、わざわざ来たのにうまくいくだろうかというようなことに気を揉んでいたような気がする。とりあえずはゴンドラが8時から営業開始なので、到着から2時間、バスターミナルでだらだらしておりました。天気のことや体が疲れていても押し通さなければならないことなどで出発前は非常にナーバスになるのですが、さすがに現地まで来てしまうともうどうしようもないので気が少し晴れるのが唯一の救いです。事前に買ってきたおにぎりなどで朝ごはんを済ませ、暇な2時間を過ごしました。
 さて8時。天気は良い。ゴンドラとリフトを乗り継ぎ、何やかんやで一番上の八方池山荘前に着いたのは9時ちょい前だ。数人、全部合わせて10人くらいだろうかという登山者が小屋の前にいて、これから登りに行こうといしているところのようである。いくら人気のルートと言っても平日なのでやはり少ないといったところだろう。稜線側、八方尾根の方を見渡してみると、スキーヤーがたった一人登っているくらいである。あとは真っ白な尾根を誰も歩いていない、、、なぜかと言うと平日だから。。。ではなく、実はなんとなかなかの強風!結構な風が尾根上に吹き荒れており、雪煙舞まくり、天気はいいんだが小屋の前の皆さんはタイミングを見計らっていたようであった。そりゃあこれじゃ。。。というくらいは強かったです。しかしながら私は行くしかない。スノーシューを装着し、猛風の中をとりあえずだらだらと歩いて行きました。まあだらだら行く分には問題ないですが、それでも結構風で顔が冷たくなるのでフードとバラクラバでしっかりと顔を覆って進んで行きました。
 15分ほど歩くとすぐ着く尾根上の公衆トイレ。振り返ってみるとやはり誰も登ってきていない。いや、登ってくる人影を後ろに一人見ていたのだが、すぐに引き返したようで何ともガラガラの八方尾根となったのでありました。尾根の先には先ほどのスキーヤーがいましたが風に難儀しているようでもうちょいで追いつきそうである。周囲の山々は見えてはいるのだが風が強過ぎて撮ろうと思う余裕があまりなかった。どのみち今回の主題はコースガイドなのでこんなときはそういう写真に徹したほうがいいんだろう。
 程なくして八方池に到着。至って普通の昼間、作品的にはあまり面白味のない状況だったがこんな状況では逆に有難い。絶景スポットではありますがとりあえず現場写真だけを撮ってそそくさと先に進みました。そこから先のところは急斜面のちょっとしたリッジまであまり記憶がない。途中のダケカンバ帯付近で誰かと話した良うな気がしないでもない。「酷い風だね」のような他愛のない会話だったような気もするが、夜行バス山行だったので夢かもしれない。よくよく考えると登っていたのは先述のスキーヤーだけだったと思うので、この辺りでスキーヤーに追い付いたのかもしれない。たぶんそうだ。何となく思い出してきた。
 そんなわけでほんの少しだが細くて短いリッジを通過する。距離は短いのでそのままスノーシューで行く。私的には八方尾根の唐松岳は全部スノーシューで登れる楽しい尾根なのだが、混んでいるときに周りをみると結構皆アイゼン・ピッケル装備なのでどうなんだかと思ったりする。もちろん各々の自由ではあるが、スノーシューのリフターを立てて歩く方が格段に登りが楽なのでスノーシューの方が良いとすら思うんですがどうなんでしょうか。前爪使うところないし、手もストックで十分なような。

ニヒリズムのその先に

 小屋の建つ稜線に出たのは11時10分、強風のせいか歩き始めて約2時間も経ってしまったようである。そんな散々嫌がらせをしてきたはずの風は稜線に乗り上げるとなぜか大人しくなっていた。真っ先に目が行く西側に広がる風景、剱岳を筆頭に堂々と広がりたしかに美しいものであるが3月半ばともなると空気感も微妙でずいぶんともっさりしていた。そんなもんだからそう易々とシャッターを切るまでもない。小屋で一服するでもなく北へと足を運び、広い稜線を小気味よく登って山頂に到着した。
 休日は人気の八方尾根もこの日は誰もいなかった。いやまあ平日なのが大きいとは思いますが、こんな晴れた日に無人というのは強風のおかげが大きいのだろう。酷く苦しめられはしたが、そのおかげで誰にも邪魔されることなく山頂写真を撮ることができる。実のところ山頂現場写真というのが山によっては非常に難しく、誰もいない山頂などなかなかないので気兼ねなくすんなり撮れるのは嬉しい限りである。それから、目の前の五竜岳、すっかりこちらも春の雪となっているがいつも見慣れた景色ではありますが何枚か撮って、どうということもなく10分もかけずに山頂を後にした。何となく、作品として撮れそうなものがない、ガイド写真以外はどうでも良い風景のように思えた。
 早々に稜線を後にし、黙々と下っていく。下りではすっかり風も収まり、先ほどまでの難儀は幻だったんじゃないかと思うほどである。そんな訳で下山開始から1時間ほどで八方池山荘に到着し、難なく仕事を終えることができました。無事天候に恵まれてちゃんと仕事を終えられた安堵感や小さいながらも達成感みたいなものはありましたが、と同時に何と言うか非常に寂しい、というか一種のつまらなさ、みたいなものも感じました。こういう風なことを言うと登山を楽しみにして山に登りにくる方々に嫌味にも聞こえてしまうかもしれませんが、そう感じたのもまた事実です。多くの人は登山を楽しみに来て、登って下りて、だけでも「楽しかった」となると思いますが、私にとっては正直何か得るものがなかった。 やらなくてはならない仕事があって、その仕事をこなした、そういう満足感はありますが、自分が山で得たいものがなかったというか。せっかくこんな素晴らしいところに来ているというのに。もっと好きに、自由に撮ればいいじゃないか、と思うかもしれませんが、私はあまり偶然を題材にするタイプではないのです。撮る前に何を表現するかを考えてから撮る。そういった人間には「とりあえず行く」というのはとにかく相性が悪いのかもしれません。しかし仕事なのでそうせざるを得ないこともあり、しかし山が嫌いにならないよう上手くバランスを取ることも大事だな、と思った次第です。上手くコントロールできればいいのですが、今だにその辺はなかなか難しい。

 だがどんな心境でも行かねばならないときがあるのも
 また事実

 日帰りで自宅へと帰り
 翌日には何も考えず青森へと旅立った

 レポート79で書いた通り
 岩木山では何も撮れないという
 大敗を喫してしまった

 全く余計なこと考えるから!

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