Report

— 過去に発表した作品の取材レポート。撮影時の舞台裏を、約2週間間隔でほのぼの更新。

REPORT - 25
18 Jan 2018更新

雑誌 岳人・2013年1月号掲載写真「穂高岳」

 

 いや、もうのっけから何ですが本当に寒くなったり、暖かくなったりで調子が狂います。たっぷり雪がある場所もありますが、少ない所は極端に少なく、これはこれで不思議な年になっておりまする。せっかく積もったところも暖かさで緩んだりして、キリッとした冬らしさはどこへやら。昨年11月から順調に冬っぽかった今シーズンですが、なんとなくグダグダ感が強くなってきているような。。。とはいえ諦めず、2月あたりはもう少し地球さんに(というか大局的に見ると宇宙さんなのかも)頑張ってもらいたいところです。3月に入ってしまうとさすがに春っぽさも強くなるので、なんというかこう、盛り上がらない冬で終わってほしくないですね。とりあえずは凍てついた大地を徘徊することで我慢するしか満足する方法はないのだろうか。
 雪山というとどこも寒そうですが、何だかんだ気温が上がってしまうとそれはそれで「らしさ」が失われてしまいます。わざわざ登りにいって雪山の写真を撮ろうというのですから、がっつり寒くなってこそ、ただ雪がいくらか積もっていればOKというわけにはいきません。う〜んなかなか思うように進まないというのは本当に精神的に嫌になるもので、プラモのスジボリすら進まない。何とか400mとか筋持久ダッシュ練習してようやく気を沈めている今日この頃。でも、こういう時こそその人の人となりを試されるというもので、歴史に結果を残した人たちはたぶん焦らず、冷静に機が熟すのを待てたんでしょう。シロッコとか。ハマーンとか。ああ、アムロはチートです。
 さて、今回の写真ですが、山岳雑誌岳人にて2013年に載せていた日本百名山の連載第1号、1月号で使用した写真です。え?昨年出した週めくりカレンダーでも見たぞって?こ、こまけぇこたぁいいんだよ!!と言いたいところですがすみません本当に。細かいんだからぁ!もう!
 はい、実はこちら、4年のブランクを経て再使用させていただいております。。。なるべく一度発表したものはよっぽどグレートだぜッ!というもの以外は出さないように心がけているのですが、もちろんこの撮影時に同じような感じでヴァージョン違いの写真はいくつもあるのですが、、、何となくこれが収まりがよかったんですよね。手前にシュカブラverとか、もうちょっと穂高岳のみverとか、こうRemixみたいな奴らがHDDの中で控えてはいるのですが、おそらく何だかんだで無駄がない、すんなり穂高に目がいくような写真だったのでしょう。というかまあ雑誌は過ぎ去っていくものですので、いくらかはお許しを。これまで短い人生ですが、やはり一応私にも自分の中で代表作、会心作みたいなものはありますので、そういう四天王みたいな奴らは今後何度か顔を出すこともございます。事前にご了承お願い致します。
 撮影は2012年1月8日。ということで、前回のレポートである八方尾根の10日前に撮影したものです。この冬は年末年始は北岳に行っており、下山してから1週間ほどで好天が巡ってきそうでしたので慌ただしく出かけたのをよく覚えております。面倒な冬山から下山すると少し気持ちをチャージしたいところですが、天気図見る感じだとこりゃ冬の寒い感じを出しつついい感じで穂高晴れるっぺ、ということで勝負をかけました。
 私の勝負の仕方でございますが、もちろんいろんなケースはございますがそのひとつとして、ギリギリまで下界で天気図を見てから確実に狙って短時間で撮影地へ向かう、というのがございます。よくある山の撮影だと一週間粘ってとか、何日も苦労してとか聞いたことあるかと思いますが、撮りたい写真が明確になっている場合はその感じの天気が訪れそうなタイミングを見計らってクリティカルヒット、カンスト9999を狙う方が効率がいいです(実際はクリティカルで850程度のLVだったり)。もちろん何も考えずただひたすら籠るというのも決して悪い手段ではなく、どんな現象が起こるかわからないのが自然ですから、自分の意思よりも自然の現象を作品に落とし込みたいときはそうした方がいいでしょう。何というか、これは写真家のキャリアの問題でもあるかと思います。今の景気で、この年齢でそうのんびりとウェイト(待つ)系の撮影をしていると生業としてやっていくのにはなかなか大変かと。ある程度余裕が出てきたら、というかおじいちゃんになったらそういう撮影がしたいなぁ〜と夢見ていますが、どうなることやら。
 ということで効率系の撮影、冬の蝶ヶ岳から穂高の写真ですが、1泊2日で終わらせております。7日早朝に東京から出発し、午前10時に中の湯バス停、釜トンネルを歩いて午前11時半に上高地に到着です。はじめのうちは雪が舞っていましたがしばらくして天候も落ち着き、徳沢あたりでは青空となっておりました。こううまく天候回復が進んでくれると翌日大丈夫そうなので安心できます。上高地までには登山者を何人か見たものの、正月休みも終わりということかその先はこれといって人影を見ず、午後2時半に横尾に着きました。ここまでは特に何の問題もなく、雪が多いというような感じもありませんでした。横尾の避難小屋に入り、早々と翌日に備えます。小屋の前にじゃぶじゃぶと水が出ているので、わざわざ融雪しなくていい分、気も楽。でも、飲み過ぎちゃう。
 一般的には初日はこの横尾まで、翌日に蝶ヶ岳に登って冬期小屋か幕営、さらにその翌日の朝を狙って撮影、となるかと思います。しかしそうして長丁場になればなるほど天候は読めなくなってきますし、確実に撮りきれるかという保証は低くなっていきます。撮れなかったらまたチャレンジ、撮れるまで通う!というのもロマンですが、どうあれ撮れたものの価値、結果は撮れさえすれば同じようなものだったりします。となると短時間で終わらせる、というのが「仕事」というもの。というかまあ、時代なんでしょうね。ひと昔前は何の仕事でも、もっとのんびりしていたと思います。。。現代は色々なものが発達して便利になりましたが、生活は余裕がなく忙しくなっているような。。。まあともかくその時代に生きている者として、その時代に合わせて生きていかなくてはなりません。
 同じ所にあまり時間をかけない、というところには体調面における利点もあるかと思います。というのも人ひとりの人生は有限でして、人によってですがやれるキャパシティはだいたい決まっております。野球のピッチャーの肩同様、膝軟骨なども消耗品でして、無理をすればするほど消耗しますし、うまく使わないと年老いてからどのくらい動けるかが変わってきます。なので時間的にハードな撮影山行をやりすぎたり、何度も通って日数を増やすというのは偶然的な希少な写真が撮れることもある反面、体を「質」ではない「量」で酷使しているようなところがあるかと。スポーツ選手と違って写真家は仕事の期間が長いですから、特に山のジャンルではある程度総括的にキャリアを見たほうが、と考えております。どんだけ酷使してもぶっ壊れない魔人みたいな人も世の中にいたりするので一概にこれが正しいわけではありませんが、誰も先はわかりませんから、なんとな〜くそんなことも考慮に入れています。でも、ベテランで膝悪くして山登れなくなっちゃった、という話も聞いたことがありますので、油断は禁物ですよ。
 さて、翌日は撮影日の18日。この辺りの日の出時刻は6時50分頃となりますので、それに合わせて登っていきます。ので、午前2時に起床して3時に横尾を出発です。空には星が広がっており、前穂もくっきり見えております。横尾からはトレースがなかったのである程度ラッセルの時間も考慮して登っていきますが、稜線泊の全装備を背負って登っていくよりも格段に楽なわけです。きょ、極地法など登山家の恥だ!!と言わんばかり、燐隊長の声が聞こえてくるようです。ですが間に合わなかったらすべてがおじゃんですので、この辺りがこの方法の怖いところでしょうか。毎度毎度ハラハラの連続、息があがってようやく辿り着くときもありますし、いいのか悪いのか何なんだか。
 真っ暗な中登っていきますが、ちょうど満月も近かったためほんのり明るい、というか結構明るかった記憶があります。暗い中稜線を歩くときは嫌な気分が強くなりますが、この蝶ヶ岳はギリギリまで樹林帯なので、とにかく無心で黙々登っていくだけです。なんというかすごい寒そう、と思われる方もいるかもしれませんが、、、汗だくです。そろそろ森林限界超えるか、という辺りから雪が深くなってきたのでやや焦りました。樹林から抜け出して振り向くと、まだ日は当っていませんが結構明るくなっている穂高を見てはまた焦り、急いで山小屋方面へ。
 まずはフィルムカメラのGX617を構えてパノラマで撮影、2カットほど撮ったらすぐにデジタルに変えて、シャッターを切っていきます。なかなか風が強いので、シャッターを切るタイミングにもだいぶ気を使いました。はじめのうちは朝日に染まっているところだけを切り取って撮っていきます。この写真は「WORKS」のページにありますね。夏は真東から日が昇るのでべったりしてしまう穂高も、この時期は斜めからの太陽、前穂の影が涸沢にかかって立体感が出ていい感じです。逆に槍ヶ岳はべったり直射となるので立体感が出しにくいです。
 太陽がだんだんと登ってくると、ようやく下部の樹林帯にも日が当たってきます。これでようやく稜線の切り取り写真でなく全体を入れた写真へと切り替えることができます。今回のメイン写真ですが、この全体像で「穂高岳」と考えて撮ったものです。蝶ヶ岳からの写真というと、まあWORKSの朝日の写真がそうですが、穂高岳の岩稜部分を切り取ったものが多いかと思います。それはそれで迫力があっていいのですが、穂高岳というのはやはり、明神岳、前穂高岳、奥穂高岳、涸沢岳、北穂高岳がまとまって構成されている山でございます(オイ!西穂忘れんな!)。なのでこの峰々がひとつにまとまったように見えるようにすることも、大事な撮り方なんではないかと。もちろんそういう写真もいくつもありますが、稜線全部と下部の樹林帯を入れ込んでいてもそれでも「穂高岳」だけで切り取っているのでスケール感が伝わりにくいというか平面な感じが出てしまって、案外手前の蝶ヶ岳の稜線を写し込むことも大事になってくるんですね。でまた、もちろんそういう写真もいくつもあるんですが、今度は蝶ヶ岳の稜線を手前に入れ込み始めると、案外目的を失って大キレットから槍まで入れたくなるんですね。なので、広角で蝶ヶ岳の稜線を入れ込んだ写真はだいたい槍まで入っている写真が多いかと。そうするとそれは蝶ヶ岳からの展望写真となるわけで、穂高岳の写真ではないわけです。ここではあくまで「穂高岳」というテーマに絞って構図を決めているので、そこにしっかり写真を見る人の視点が自然といくように絵を構成する必要があります。そうやって、ただ美しい写真を撮ろう、とかではなく、この写真は何を伝えたいかを明確に撮影者が意志を持つということは大事なことなんですね。まあ穂高は特徴があるので岩稜だけ切り取っても穂高なんですが、でも他の山々と写真を並べたときに少しでも「この山はどんな山なのか」というのがあぶり出せるような写真を撮ろう、といつも夢見ごこちで考えております。

なぜ治らない

 ということで撮影をひと通り終えまして、稜線から下山を始めたのは午前10時半。よ、4時間もいたのかよ。1時間で横尾に下り、サッと荷物をまとめてサッと帰路につきました。横尾から上高地っていつ歩いても、サッ、ていう感じがせずなんかだらだらまだかよ〜という感じですが。中の湯のバスの時間に間に合わないといけないのでゆっくり歩いているわけにもいかないのですが、大正池あたりで夕日浴びる穂高を見るとつい三脚を立ててしまいます。本当にいっつもこんな感じでギリギリまで時間を使い、最後の最後にバス停までハラハラしながらダッシュするという、これ何とかならないんですかね。


 ということで、例によって近くに名湯がありながらも、汗を流さずに帰宅致します。
 松本行きのバスの中で上着は着替えました。申し訳ございません。

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